どこかの雨の日の話


(もしかしたらこんな話だったかもっていう)

遠方の親戚に不幸があった。

母親は連絡が付かず、兄も都合がつかないというので、名代として俺が葬式に出ることになった。初七日の法要も一時にやってしまうようで、数日はホテルに泊まった。

急なことだったので、代返を要請する連絡もできず、とはいっても一週間程度ならばとそのまま放置していた。

涙雨というのだろうか、俺が三門市を離れている間中、しとしととうっとうしい雨が降り続いていた。
それは俺が帰る日にいっそう激しくなり、喪服の黒いスラックスは裾が泥だらけになってしまった。

クリーニング出さなきゃな、とぼんやり考えながら、水たまりも避けず自宅へ向かっていたときのこと。
家の屋根が見えてきて、鍵を出すためポケットに手を突っ込んだところで、ふとインターホンの前に誰かが立っているのに気が付いた。

黒い傘をさしているから、誰かは分からない。
ただ履いている革靴に見覚えがあった。

「二宮?」

声をかける。
傘を差した人物はゆっくりとこちらを振り向いた。

二宮匡貴。
俺の大学の友人で、同じボーダー機関に所属する男。ただし、俺の何倍も強い。

振り向いたそれは確かに二宮だったが、最後に見た時よりもずいぶんやつれたように見える。俺と目が合うと、彼は傘を取り落した。

水たまりに落ちて、ばしゃりと水しぶきをあげる傘を俺は一瞥し、再び二宮と視線を合わせた。

「どうしたんだ。こんな雨の日に」
「……みょうじ。……今までどこ行ってやがった」
「親戚が亡くなったんで、葬式に。……二宮こそ、俺に何か用あったのか?」

俺が尋ねると、二宮はそっと濡れた足元に目を落とし、ゆるく首を振った。

降り続く雨のせいか、それより前から濡れていたのか、二宮の着ている服も髪も、全てびしょぬれになっている。数メートルほどあった距離を縮め、彼を傘の中にいれる。

「風邪ひく。風呂貸してやるから」
「……いい」
「よくない。お前が体調崩したら、迷惑かかるのは隊員だろ」

「…………」

二宮は黙り込んだ。

落ちた傘をそのままに、彼の背を押して家の中へと押し込む。数日ぶりに見る玄関はどこかがらんとしていた。行ったときと変わりがないはずなのに。

棒立ちの二宮を促して靴を脱がさせ、風呂場に連れて行った。

「湯船使うか?」
「……シャワーだけでいい」
「わかった。タオルと着換えは置いとくから、お前の服は洗濯機に」
「みょうじ」

俺の言葉を遮って、ようやく彼がこちらを向いた。

我が道を行く二宮の目にはいつも強い光が宿っていたというのに、なぜか今は、どろりと沼のような濁りをたたえていた。
何かあったのか、と今更になって気づく。

内心の動揺を押し隠しながら、なんだと返した。

「どうして、居なかった」
「……悪い」
「連絡は」
「急だったんだ。そんなそぶりもなかったのに、いきなり亡くなってしまったから」

そうか、と呟いて、二宮はゆっくり濡れたシャツを脱いだ。
やはり、体の線も細くなっている。暦ではまだ春とはいえ、雨の寒さのせいか色も抜けて、まるで死人のようだ。

「……」

不謹慎だった、と自分で思考を打ち消して、タオルと着換えを取りに行くため、風呂場を出た。俺も着替えなければ。
二宮の着換えを風呂場に置いて、自分も普段着に着替えた。

喪服は明日雨がやんでいたらクリーニングに持って行って、大学にも忌引きだったと説明をして。そんな算段を考えながら、台所で暖かい飲み物を用意する。

ちょうどマグカップに移し終わったところで、二宮が入ってきた。

「そこ座ってろ」
「…………」
「……ほら」

反応のない二宮をソファに座らせ、手にマグカップを持たせる。
多少は血色もよくなっていたが、沈み切った面持ちのせいで、それも打ち消された。

隣に座って俺が自分の分に口をつけると、ようやく二宮も中身を口にした。彼の呼吸音はとても静かで、今にも消えてしまいそうだった。

prev next
top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -