□天邪鬼の姉
みょうじはボーダーに入れなかった、らしい。
話しぶりからしてそれ以外にも理由はありそうだなーとは思ったものの、それ以上は話してくれそうにないからあきらめた。どうせおれにはどうにもできないんだろ。
まあ、それはいいとして。
あの見るからに優等生、見るからに優しそうなみょうじの裏の姿。
思いっきり嫌いと言われたし腹の立つ言動は多いけど、裏表のない様子はなかなか面白かった。
「なーみょうじ、今日遊びに行かねー? お前、この間公開された映画見たいとかって言ってたじゃん?」
「ああ、あれねー。行きたいけど、今日バイトなんだ」
「えー、またあ? しょーがないなあ。ね、じゃあ週末空けといてよ、みんなで行こ」
「ごめん、週末は姉の手伝いしなきゃでさ。もー人使い荒くて」
「うわー全滅かよ! しゃーねーな、今度絶対な!」
「はいはい。ほら、もう次の時間始まるよ、辞書借りてこなくていいの?」
「やばっ、忘れてた! ありがとみょうじくん!」
いろんな奴に人気で、よく気が付いて、物腰は穏やかで。
それなのに。
「出水さあ、マジでなんでうち来るの? ドМ? 俺に罵られたいの?」
「これだよ……」
「あ?」
おれに対してのこの対応。
毛虫でも見るような目でおれを見て、みょうじはため息をつきながら手元の花に霧吹きで水をふきかけた。
花びらにまるい水滴ができて、花の色つやもよくなったような気がした。
「なあ、お姉さんの手伝いって、なんかあんの?」
「それ、なんで出水に言わなきゃいけないの。どうでもいいだろ」
「気になんだよ。別に減るもんじゃねーだろ」
「お前に使った時間が減るだろバカじゃねえの」
本当に、この対応の差だよ。
店の前に置いてある金属製のベンチ(隣には鉢植えなんかが置いてある)に腰掛けながら、作業する姿を眺める。時折おれに向ける冷たい視線さえなければ、イケメンが花の手入れをしている画は完璧なのに。
京介とはまた違ったタイプのイケメンである。
「ただいまあ」
ふと、店の出入り口から薄手のカーディガンを羽織った女性が入ってくる。それを見て、みょうじは笑顔を向けた。
「お帰り、姉貴」
「ただいま。あれ、なに、友達来てるの?」
「……ウン、ソウダヨ」
片言だ。
おそらく友達じゃない、と言いたいのだろうが、いい子のみょうじくんは言えなかったらしい。そういえば、姉がいるとかさっき言っていたか。
「初めまして、出水です。みょうじの『友達』っす」
「あら、ご丁寧に。なまえの姉です。なんのお構いもなくて、ごめんなさいね」
「いえ、コイツの仕事見てて楽しいんで」
友達、を強調してやると、わかりやすくみょうじの眉が跳ねる。お姉さんはごゆっくり、と言い残してから、店の奥へと消えて行った。
みょうじは姉を笑顔で見送り、完全に姿が見えなくなったところで、すさまじく凶悪な顔を俺に向けた。
「……いい度胸してんな、出水」
「さーて、なんのことだか。お姉さん美人だなー。でもお前とはあんまり似てないかも。みょうじって両親のどっち似?」
「知るか」
ばちん、と花の茎が飛んだ。
サルビア:尊敬、知恵、いい家庭、家族愛
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