□夕焼け衝動
夕日に照らされて、穏やかに笑う出水くんが、あんまりにもきれいだったから。
「……みょうじ?」
はっと気が付いた時には、焦点が合わないくらい近くに、出水くんの顔があった。
その瞬間、自分が今何をしたかを思い出して、一気に血の気が引いた。だけどその後すぐ、ああ僕キスしたんだった、と、その事実に顏が熱くなる。
「おい、」
「あ、ああああの、ごめん、帰る!」
そして僕は卑怯にも、そこから逃げかえったのである。
きれいな顔をしている、とは前から思っていた。
だけどいくら見た目が綺麗でも、中身はただの男子高校生で、くだらない話で腹を抱えて笑ったりもする。普通と違うことと言えばボーダーで強くて、ということくらいで、真っ黒なコート型の隊服を着た彼に助けてもらったこともある。
それでも、近界民を倒した後には「なあみょうじ、今日の昼言ってた漫画、明日やっぱ貸して」とか、そんな日常会話をさらりと続けてしまう。
そんなだからか、特別に事情がある人、特別に気になる人、というわけじゃなかった。
だけど、あの時。
はにかむような、穏やかな笑顔を見た途端、思わず体が動いた。完全に衝動だった。
キスしたいなと、それだけで。
「もう学校行きたくない……」
ベッドの上で、だるんと手を垂らしたまま、僕はそうつぶやいた。
ぴこんぴこんとさっきからラインがうるさいけど、見る気にもならない。
見たくない。
本当に、これからどうしようか。
出水くんがそういうことを言いふらすタイプじゃないとしても、今まで通り接することはなくなるだろう。目ざとい人がいれば気が付くだろうし。
だけど、それよりなにより。
「……出水くんに嫌われるの、きっついな……」
一時の気の迷いで、大切な友人を失うなんて、アホの極みだ。
思い切り希望的観測をするなら、あんまり気にしていないとか、そういう可能性もある。
だけど出水くんが気にしなくても、僕が気にする。
また同じことをしてしまうんじゃないか、もしかして、内心では僕のことを気持ち悪いと思っているんじゃないか。
自分で招いた結果とはいえ、想像しただけで胸が苦しくなる。
タイムマシンがあるのなら、昨日に戻れるのなら。
どんな手を使ってでも、出水くんと二人で帰ることを回避するのだけど。
どうにもならなくなって、考えも行き詰まってしまった。
気が付けば、僕はそのまま眠り込んでいた。
翌日。
夕方から翌日の朝まで盛大な寝落ちコースをたどった僕は、慌てて風呂と着換えだけ済ませて、とるものもとりあえず、大急ぎで学校に向かった。
ぎりぎりで間に合いはしたものの、鞄は昨日の時間割のままで、何度も教科書や辞書を隣のクラスの友人に借りに行くと言う始末。携帯も忘れてしまった。
ただ一つよかったことは、出水くんは今日は任務らしく、朝から学校にいなかった。
「なー、みょうじ」
「んー」
「お前、昨日ライン全然既読つかなかったよな。なんかあったの?」
昼休み、友人に聞かれてどきりとした。
出水くんからだったらどうしようと思って、誰から来たのかすら見ていなかった。
どうやら友人からだったらしい。
「ごめん、昨日帰ったら即寝ちゃって。起きたら朝だったんだよね」
「マジかよ! あ、だから教科書忘れまくりだったのか!」
「珍しいなー。昨日なんか疲れるようなことあったっけ?」
「あー、うん、ちょっとね……」
言えるわけがない。
幸いラインの内容は緊急のものではなく、ただのグループの雑談だったようで、それ以上突っ込まれることもなかった。
放課後になっても、出水くんは来なかった。
遊んで帰ろうと誘われたけど、なんとなくそんな気分になれず、また今度と断った。
一人で家路をたどりながら、明日からのことについて考える。
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