天邪鬼が登場


みょうじなまえという人物は、温厚かつ善良な人柄で知られている。

成績はいいし、他の人が嫌がるようなことも自ら進んでやる。怒ったところを見た人間なんていないだろうし、おまけに見た目もいいのだ。
天は二物を与えず、だなどと、嘘に決まっていると思うくらいには。

だけど、それを嫌味に感じないところがまた、彼の凄いところなのかもしれない。
いろんな女子から告白もされているようだが、未だに応じたという話は聞いたことがなかった。


「お、みょうじじゃん」
「? ああ、出水。任務帰り?」

ボーダーの任務を終え、買い食いして帰ろうかと商店街まで歩いていた時のこと。

穏やかな車の往来を横目に足を進めていたら、見慣れた顔が、道に水を撒いているのに気が付いた。
整った顏ににっこりときれいな笑みを浮かべ、こちらへと歩み寄ってくる。

「お疲れさま。いつもありがとう」
「いーって、それが仕事だし。なに、みょうじここでバイトしてんの?」
「バイトっていうか、ここ俺の家がやってるんだよ」

笑いながら後ろを指さすみょうじにつられ、背後を見る。
どこか欧風に感じさせるレンガの壁に、店名入りのシックなビニールテント。
そしてその下には、ブリキのバケツに入ったたくさんの花、花、花。ガラスケースの中にも、色とりどりの花があった。

家が花屋、という話を聞いたことはあったけど、ここだったのか。

「へー。花屋の店員か、なんか似合うな」
「そうかな? だといいけど。嬉しいこと言ってくれたから、これあげるよ」

みょうじは笑って後ろに戻ると、バケツの中から一本の花を取っておれに渡した。
黄色いバラだ。
ピンクやら赤なら、よく見かけるが、黄色いのは珍しい気がした。

「サンキュー。黄色いのも悪くねーな。つか、店のもん勝手に人にやって、大丈夫なのか?」
「うちは、結婚式場とか華道の家元とかと契約結んでるから。一本くらい平気だよ」
「ふーん。やっぱそういうことすんのな。ま、ありがたくもらっとくわ」

男子高校生がバラを持って歩く、というのもおかしな光景だが、好意を無駄にしたくはない。くるくると指先で弄びながら美しい花を眺めていたら、そうそう、とみょうじが口を開く。

「出水はさ、花言葉って知ってる?」
「花言葉? えーと……なんだっけ、あれだよな。花にある意味っていうか……」
「はは、大体そんな感じだね。例えば、赤いバラなら『あなたを愛しています』とか、カスミソウなら『清らかな心』とかね」
「赤いバラって、ホストが客にあげたりするイメージあるな。んじゃ、このバラにもあったりすんの?」

色によって違う、とかも聞いたことがあるし、赤ではなく黄色であると何か意味が違うのか。
純粋に気になったから、口に出した。
みょうじは軽く笑って、あるよ、と答えた。

「黄色いバラの花言葉はね、『嫉妬』だよ」
「……へ、?」
「後はまあ、『愛情の薄らぎ』っていう意味もあったかな? どっちにしろ、あまりプレゼントとかおめでたい場にはふさわしくない花なんだけど」

花言葉って気にする人は気にするからね、と常と変わらない態度でみょうじが言う。

その、プレゼントにふさわしくない花をプレゼントされたおれは、一体。
しかも、嫉妬って。

おれがぽかんとしていると、みょうじは笑顔のまま、衝撃的な言葉を続けた。

「俺、出水のこと嫌いなんだよね」

おれが、一体なにをしましたか。


黄色いバラ:嫉妬、愛情の薄らぎ、友情

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