小説家と影浦


任務の開始時間まで本部をぶらぶらと歩いていたら、前方のロビーで何やらもめているのが見えた。
不思議に思って近づいてみると、人の輪が何かを囲んでいるようだ。

「なあ」
「え、はい?」

手近にいた一人に声をかけ、真ん中を指さす。

「何かあったのか?」
「それが、なんか模擬戦以外の戦闘があったっていうか、絡まれてる奴がいるっていうか……よくわかんないっす」
「ふうん」

そいつに礼を言って、上から覗くと、見覚えのある奴がこちらに背を向けて、腰を抜かした奴を見下ろしていた。
投げ出された足と足の間を勢いよく踏み抜き、脅している。這うようにして逃げて行ったそいつを見送った彼は、くるりと踵を返した。

そして、向こうもようやく俺に気が付いたらしい。

「影浦、何やってるんだ」
「……んだよ、アンタかよ」
「そうだな」

影浦雅人。
一時期A級にさえ上り詰めたが、根付さんにアッパーをかまして降格させられたという異端児だ。二宮や犬飼とは相性が悪いようで、しょっちゅうにらみ合っているのを見つける。犬飼の場合は、ただ単に一方的に嫌っているようだが。

ちなみに、俺の高校時代の後輩でもある。

人ごみのど真ん中では居心地も悪いだろうと手招きすると、意外にも素直にこちらへ寄ってきた。つられるように人の輪も徐々にはけていく。

「また絡まれたのか?」
「べっつに。ぎゃーぎゃーうるせーから躾けてやっただけだ」
「お前の口からその言葉が出るとはな」
「あ? 何か文句あんのかよ」
「意外だっただけだ」

他意はない、と付け足すと、影浦は鼻で笑った。

影浦は感情受信体質という難儀なサイドエフェクトを持つらしいが、俺は感情の起伏に乏しいからか、さほど影浦にとって煩わしくないらしい。そのせいか彼にキレられたこともないし、どちらかといえば、そこそこ交流もある方だと思う。

とりあえず、あれだけの感情にさらされてはしんどいだろうと、ジュースでも奢ってやろうかと聞いてみる。
しかし影浦からは飲み物より飯がいい、と可愛くない返事が返ってきた。
まあいいか、そのくらいなら。奢ってやるのも久しぶりだ。

「わかった。何がいい」
「焼き鳥」
「他のチームメイトは」
「ヒカリとユズルは非番だし、ゾエは風邪で休みだ」
「なんだ、お前しかいないのか。じゃあ二宮でも誘うかな」
「……やってみろ、ぶっ殺すかんな」
「冗談だ」
「おめーの冗談は冗談に聞こえねーんだよ。半分本気だったろうが」
「まあな」

ぶすくれた顔(いつもだが)で俺の肩に頭突きしながら、影浦が悪態をつく。
二人がそろうとすさまじい火花が散るので、それはそれで面白いのだが、矛先が俺に向いても困る。影浦も二宮も、俺の手には余る相手だ。

そこでようやく、そろそろ任務の時間が近づいていることに気がついた。
携帯で時間を確認すると、もう間もなくだ。

「俺そろそろ任務だから、終わったら連絡入れるな。それまで時間つぶしてろ」
「あー……今作戦室入れねーんだよ。ヒカリのバカがロックかけやがって」
「じゃあロビー……は、居心地悪いか。なら任務来るか? そしたら終わってすぐ行けるだろ」
「クソだりーけど、そっちの方がはえーか。いいぜ、行ってやるよ」
「ああ、助かる」

今回はそれなりに手のかかりそうな相手だし、影浦がいれば普通に心強い。素行に多大な問題はあれど、強さの点で言えば俺なんて軽く凌駕する。
それに、後輩を再び好奇の目にさらすのも気が引けた。

それじゃあ行くか、と声をかけつつ、近くに焼き鳥の店はあったかと記憶をさらった。


「なァ、俺次ハツと砂肝、塩」
「ん。すいません、ハツと砂肝ふたつ、塩で。あと熱燗お願いします」
「未成年の前で堂々と酒頼んでんじゃねーよ」
「悔しかったら早く20歳になれ。そしたら一緒に飲めるだろ」
「……そんときはまた奢れよ」
「気が向いたらな」

餌付けされてるかもしれない影浦。

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