□騒がしい廊下で
にぎやかな廊下では、声を大きくしないと相手に届かない。
だから自然声が大きくなり、それが重なり合ってまるでお祭り騒ぎだ。うちの学校は生徒数のわりに校舎が狭いし。
だから、こっそり呟いたら誰にも聞こえない。
「誰にでも面倒見いいわけじゃないんだけどな」
聞こえたらいいな、聞こえなかったらいいなと思いながらつぶやいた言葉。
いかに近くとはいえ、さすがに出水には聞こえなかったらしい。
「あ? 何? 聞こえなかった」
「いや、何も。出水死ねばいいのにって」
「いきなり物騒だなオイ。なんだよ、聞き逃したからって拗ねんなよ」
「拗ねてねーよバカじゃないの。いや馬鹿か、足くじいた理由がそもそも」
「はあ? あのなあ」
ぐい、と体を前のめりにする出水。
土台である俺は落とさないようにと慌てて支えたが、出水はそんな努力などそっちのけで、俺の耳元で囁いた。
「おれ、別に足なんかくじいてねーんだけど?」
「……は?」
言われた言葉が理解できずに固まると、ちゅっと小さな音とともに、耳に柔らかい感触がふってきた。え、おい、まさか。
横目で出水の顔を覗き見る。にやにやといやらしい笑みを浮かべ、自信満々に。
「『俺にだけ』、面倒見がいいんだろ、みょうじくんは?」
そんなことを言うものだから。
「っ、……ぃぃいいずみぃいいいい!!」
「ぶはははははっ!」
振り落とさんばかりに俺が勢いよく後ろを向くと、出水は軽やかに俺の背中から飛び降りて、さっきまで俺が歩いてきた道を逆走し始めた。本当に足なんかくじいていなかったらしい。
真っ赤であろう顔をほかの奴らに見られないために、そして出水に一つだけ訂正を加えるために、俺も出水を追って走り出した。
(面倒見がいいわけじゃなくて、ただの下心だ)
お題:確かに恋だった
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