僕らは未だ


電車を降りて、改札を抜け、僕は名前も知らない駅で、名前も知らない路線に乗り込みました。
もちろん、辻くんも一緒です。

乗降者がとても少なかったのを覚えています。
がらがらの座席の端に辻くんを座らせ、僕はひとつあけてその隣に座りました。ほどなくして電車が動きだし、車両には僕と辻くんしかいないまま、どんどん景色が動きました。

僕はそこで初めて、彼に任務はいいの、と聞きました。辻くんはいい、とだけ答えました。それが任務がない、の意味か、どうでもいい、の意味かは分かりません。どちらでもないし、どちらでもあるような気がしました。

お互い黙ったまま電車に揺られていたら、辻くんはひとつあけた座席に手を置きました。
僕もその手に重ねるように手を置きました。どちらともなく指をからめて、恋人つなぎをしました。
男同士で、仲よくもなくて、恋人でもないのに、です。誰かに見られてしまってもどうでもよかったのです。

手を繋ぎ、誰も来ない車両に佇んだまま、僕らは進みました。行先は決めていませんでしたが、このままどこか、誰もいないところに行きたいと思いました。
辻くんも同じ気持ちだったと思います。

やがて、車窓から大きな海が見えました。海は日焼けするし人が多いから嫌いでしたが、今の季節に日焼けもなにもありませんし、こんな時には海に行くものかな、と漠然と考えていました。
辻くんに次、降りようかと声をかけたら、うん、と子供みたいな答えが返ってきました。

僕らは名前も知らない駅で降りました。

駅は無人駅で、本当に誰もいないところに来たかのような錯覚に陥りました。
手を繋いだままでは改札が通れないのでいったん離しましたが、通ったら再び繋ぎました。
海の匂いと言えば聞こえはいいものの、所詮はなまぐさい潮の匂いです。たくさんの生物が誕生し、生き、死んでいく、そんな営みを凝縮した匂いです。

辻くんは寒い、とつぶやきました。僕は冬だからね、と答えました。

駅のすぐ前に海があって、灰色の大きな生き物が、そこに横たわっているようでした。
季節外れですから、海水浴客も、サーファーもいません。砂浜を歩き、波がかからないぎりぎりに座りました。隣に辻くんも座りました。

二人とも、何も話しませんでした。
きっと、クラスの人たちなら、クビの話は本当なのかとか、どうして休みがちなのかとか、そういうことを聞くのでしょう。
もしかすると、降りようとしない辻くんを引っ張って、あの駅で降ろしたのかもしれません。それが正しい対応なのかもしれません。

だけど僕は、聞く勇気はなかったのです。
だけど、あの教室に彼を連れて行くほど、脆弱でもなかったのです。

どのくらいそこにいたのでしょう。
ただ、とっぷりと日が暮れるくらい、そのくらい長い時間はそこにいました。何も聞かず、何も話さず、ひたすら海を二人で眺めました。
その間ずっと、手を繋いで。

帰ろうか、と辻くんに言ったら、帰ろう、と答えました。
冷え切った体をひきずり、僕らは1日だけの、現実からの逃避行を終えました。

先生からも、親からも怒られました。
辻くんが言うには、僕と同じように怒られたそうですが、二宮隊の隊長だけは怒らなかったそうです。不思議なことです。

あれから学校では相変わらず話さないし、一緒に行動することもありません。
だけど、時間を見つけては、辻くんは僕の家に来るようになりました。

来て何をするわけでもありません。僕の本棚の本を読むか、黙って携帯をいじるか、僕のベッドで眠るかです。
たまにセックスのようなこともしますが、僕は心がともなってこそセックスだと考えるので、彼と行うのは自慰の延長だと思っています。僕らはお互いに、特別な感情など抱いていないと、そう思うのです。

教えてほしいのです。

あなたがどうしてクビになったのか。
どうして辻くんはあんなにやつれていたのか。
僕と辻くんの関係は、一体何と定義すればよいのか。

この手紙があなたに届くことはありません。
名前だけ書いて、それで正確に届くなら、こんな思いもせずに済んだのでしょうが。

届かないのをいいことに、恨みつらみを羅列してやろうかとも考えましたが、あなたに対してさほど恨みもないので、諦めました。

たった一つだけ言うとしたら、辻くんの安寧のために、一刻も早くボーダーにお帰りくださいということだけです。
埒もないことをつらつらと書き散らしまして、本当に申し訳ありませんでした。
いつか、あなたに会えることを願いつつ、筆を置かせて頂きます。

敬具
鳩原未来様へ みょうじなまえより

書き終えた手紙を、真っ白い封筒に入れる。
まるで弔辞のようだと笑ってから、引き出しの奥に突っ込むと、タイミングよく携帯が鳴った。
見てみると、「もうすぐ着く」と、なんともつれないライン。
それに同じくそっけなく、「了解」とだけ返した。

「ああ、雪がまだ残ってるなあ」

彼女は未だ、姿を現さない。
僕らは未だ、現実にいる。

prev next
top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -