僕らは未だ


(会話文ほとんどありません)

拝啓
突然のお手紙を差し上げまして、申し訳ありません。

僕は、あなたが所属していた隊のアタッカー、辻新之助くんと同じクラスの男子生徒です。名前を申し上げても、おそらくあなたは僕をご存知ないと思いますので、失礼ながら名乗らないまま筆を進めたいと思います。

僕は、辻くんと同じクラスでした。

だけど彼はあまり多弁なほうではないし、僕もまた、ボーダーではないので辻くんとの接点はありませんでした。僕らのそれまでの関係を言うのならば、顔は知っているけれど話したことはないクラスメイト、でしょうか。班作業でも組んだことはないので、僕は辻くんの人となりを今でもよく知りません。

ただ一つ言えるのは、悪い人ではないのだろうということだけ。

そんな彼は、ある日を境に、学校を休みがちになりました。
風の噂で、僕は辻くんが所属する二宮隊のスナイパーが、突然クビになったのだと聞きました。近界民から街を守る存在のボーダーが、クビになったのです。先生はあまり表ざたにするなと言いましたが、人の口に戸は立てられません。

辻くんや、ひとつ上の犬飼先輩さえも来なくなったのをいいことに、噂は瞬く間に広がって行きました。あまりクラスになじめなかった僕にさえ、その噂が届くほどです。その速度はすさまじいものでした。

僕は、その噂をどこか不快に感じていました。

というのも、驚くというよりも、面白がる気配のほうが大きかったからです。
嵐山隊や、最近は茶野隊が広報として頑張っていますが、結局僕ら一般人にとっては、ボーダーが実体の不明な組織であることは変わりません。

街や人を守ってもらっておいて何を、とお思いになるかもしれませんが、アンチの意見には、近界民を放ったのはボーダーで、地位を確立するためにわざと放ち、それを自分の組織の人間に倒させているのだ、という陰謀論すらあるのです。
それらがまことしやかに流れる中、きれいな部分しか見せないボーダーを100%信じろというのは、土台無理な話だと思うのです。

話がそれました。とにかく僕はその噂が不快で、噂を気にしてか、それとも他の理由でか、学校に徐々に来なくなる辻くんが心配でした。話したことすらない、顔を覚えてもらっているかもわからないのに、です。
自分でも不思議に思いました。

このまま学校をやめてしまうのだろうか、本当に隊員がクビになったのだろうかと疑問に思いながら、僕は日々を過ごしていました。

そしてある時、とうとう辻くんを見つけたのです。

学校へ行くための電車に乗り、空いていたので座席に座ったら、ちょうど向かいに辻くんが座っていました。僕は驚いて、彼の顔を見つめました。

目に光がないのはいつものことでしたが、目の下に薄くクマができ、顔はやつれていました。制服に包まれた体も、最後に見た時よりも小さく細くなったよう。

僕は勝手にどぎまぎしてしまって、見てはいけないものを見てしまったような心地でした。本を読むふりをして、辻くんを盗み見ました。

辻くんは動かず、眠りもせず、ただそこに座っていました。サラリーマンやOLが入って来て、どんどん電車は埋まっていき、僕と辻くんの間も人の壁に隔てられました。
彼のやつれた姿は見てもいけない、だけど、目をそらすことも許されないと、僕は思いました。

やがて、学校の最寄り駅が近づき、その頃には人の壁も消え、再び辻くんの姿がはっきり見えるようになりましたが、彼は動きませんでした。
窓を見ているような、それよりももっと遠くを見ているような目、想像もつかないでしょう。

学校の駅になると、同じ制服の人たちが次々に降りて行きました。だけど辻くんは降りませんでした。後で聞いてみたら、駅に着いた、という感覚もなく、電車に乗った時点で、その日の行動は完了したように思えたそうです。

彼が降りなかったので、僕も降りませんでした。

その次も、その次の駅も、その次の次も。
どんどん人は少なくなっていきましたが、僕らはそこにいました。

終点に着き、残った人たちも降りていきましたが、辻くんは動きませんでした。

だから僕はそこで立ち上がり、彼の手を引きました。

そこで、ようやく僕の存在に気が付いたようです。名前も顔も、見たことがある程度の生徒に手を引かれるのは、いかばかりか不気味なことだったでしょう。だけどそれを考える余裕もなかったのか、辻くんはされるがままでした。

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