正気のまま恋なんて、できやしないさ


任務の時間までヒマだったので、誰か捕まえて模擬戦でもしようと本部を歩き回っていたら、珍しい人物を見つけた。

「お、迅」
「ん? あー、太刀川さん」

いつもどおりのぼんち揚げを手に、ぼんやりと吹き抜けから体を乗り出していた迅。
食う?と差し出されたので、ありがたくもらうことにした。

ぼりぼりとぼんち揚げを貪っていると、迅は無意識のようにため息をついた。珍しいこともあるものだ。

「迅、なんかあったか?」
「え? なんで?」
「ため息」
「うそ、ついてた?」

自覚はなかったらしい。
頷きを返すと、そっかあとつぶやきながら、迅は肩を落とした。
いつも自信ありげな彼にしては珍しいと、おれは何個目かのぼんち揚げに手を伸ばしながら聞いてみた。

「なんだよ、みょうじ関係か?」
「…………」
「わかりやすいな」

黙り込んだ迅の頭をかき回す。髪がぐしゃぐしゃになって、サングラスがずれたけど、それにあまり構うことなく、迅はぽつりと口にした。

「……なまえがさ、カウンセリング始めたんだ」
「へえ」

すこしだけ、驚いた。
みょうじが話せない理由を聞いたことはなかったけど、ひたすらカウンセリングを嫌がっているのは知っていた。
おれにはよくわからないが、それなりの理由があるのだろうし、だから隊にいた時も、嫌がるものを受けるよう勧めたことはなかった。言葉がなくても、あいつのサポートはとんでもなく優秀だったから。

しかし迅の話しぶりからすると自分から行ったようだし、一体どういう風の吹きまわしなのか。

「あんだけ嫌がってたのになあ」
「だよね、嫌がってたよね? なのに急にさ……。別にイヤってわけじゃないんだけど」
「けど?」
「…………なんか、色々あって、考えちゃって。不安で」

空になった袋を握りしめ、迅が言った。
迅が本部にいて俺に見つかるのも珍しければ、ため息をつくのも珍しいし、弱音を吐くなんてもっと珍しい。今日は珍しいモノ尽くしだ。
珍しいついでにおれの課題も終わってくれないかな。

こっそりそんなことを考えながら、その理由を聞く。
迅は少し迷ったようだったが、結局口を開いた。

「なまえって、話せないって理由で、結構いろんなこと遠慮するだろ」
「え、そうか?」
「だって太刀川さんのとこやめたのもそうじゃん」
「あー……。言われてみればそうか」

話せないと連携に難が出てくる、と言って、みょうじは隊を抜けた。
実際にそれは彼の言う通りで、A級のランク戦や遠征では、お互い連絡をとりながらどう攻めるかを決めるのだから、話せないことは致命的な弱点になりかねなかった。何せどう動こうとしているかがわからないのだから。

現在は玉狛独自のトリガーで、たとえみょうじの意図が読めずとも問題のないような戦い方ができるようになったらしい。加えて迅のサイドエフェクトがあれば、つけ入るスキなんてなくなるし。

「んで?」
「話せないこととか、おれは全部受け入れてるつもりだよ。……だけどさ、もし、なまえが話せるようになったら、おれじゃなくてもいいじゃん」
「は? ……どゆこと?」
「こないださあ、なまえの小学生時代の友達と会って」

突然の話題転換に驚きを隠せなかったが、なんだか自分に言い聞かせているようにも聞こえたので、とりあえず口を挟まず聞くことにした。

「そいつがさ、手話できるんだ。紙とか携帯とかなくてもみょうじと話せるわけ。わからなくても、ずっと動きを見て、ちゃんと何が言いたいかわかってる。それ見て、話せないのを受け入れることは、別に特別じゃないんだってわかった」

壁にもたれ、迅がその場にしゃがみこむ。

「……なまえは、話せないから、おれと一緒にいるんじゃないって」

そう消えそうな声でつぶやいて、それきり黙り込んだ。

よくわからないがこいつは、みょうじの中で、迅がそこまで特別な人間ではないのかもしれないと、そう考えてへこんでいるわけか。

恋は盲目とはよく言ったものだ。話せないから、受け入れてくれるから一緒にいるだなんて、そんな理由で二人が一緒にいるんじゃないことくらい、見ていればわかるのに。
未来を視るサイドエフェクトを持っていて、遠くて大きな事ばかり見ていたからだろうか。

「…………」

おれはみょうじが迅と付き合いだした理由も知らない。

聞いたところで二人とも言葉を濁す。だけど、みょうじの元隊長として、言えることはある。
みょうじが今みたいによく笑うようになったのは、迅が彼のことを気にしだしてからだ。
それまでは、愛想笑いのような笑みは浮かべても、腹を抱えて笑うことなどなかった。たまに見かけるみょうじは、迅と一緒だと、いつも幸せそうで。

「お前、心配性だなあ」
「……そりゃ心配だよ。おれは未来が視えても、人の心なんて読めないんだから」

拗ねたような表情で、迅はぼんち揚げの袋をぐしゃぐしゃと丸め、ごみ箱へ放った。ナイスシュート。
新たなぼんち揚げを開けた迅に、おれは聞いた。

「迅が視た未来で、みょうじは笑ってんのか?」
「笑ってるよ。でも、なまえはいつも笑ってるし」
「いや、なら大丈夫だろ」
「……根拠は?」
「笑ってるから」

訝しむ迅。コイツは分かっていない。

もし迅が隣にいない未来なら、もう二度と、みょうじが笑うことなどないだろう。


元隊長の余裕。

お題:確かに恋だった


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