なぜ、すきなんていうの


二宮が帰った後で、そういえばプリントやらノートやらをもらっていないことに気が付いた。

かといって連絡する気にもなれず、俺はしばらく、ソファに座ったままタバコを吸っていた。本当は換気扇の下で吸わないと部屋にヤニが付くから嫌なのだが、どうも動きたくない。
原因は分かっている。

「犬飼が俺を、なあ」

先ほどまで向かいに座っていた二宮がはじき出した、犬飼の怒った理由。
口の中で転がしてみても、どうもしっくりこない。やはり人の気持ちなどわからない冷血人間なのだろうか。欠陥人間とはよく言われるが。

ふわふわと天井に漂っていく煙を眺めて、ふと思い出した。

風邪をひいたときのことだ。

見舞いに来た犬飼は、いつもはしないのに、目隠しをしていない状態でキスしてきた。
そして、思えばその後から、指先や首、頬に触れるだけのキスを繰り返していた。

行為の時、俺が口をふさがなくても、二宮の名前を呼ぶことが少なくなっていた。

「…………」

わからない。

まだ半分以上残っていたタバコを灰皿に押し付ける。箱の中身はもう空っぽで、久しぶりに買ったタバコの味はよくわからなかった。
そういえば、これをやめたのも、犬飼が二宮が吸わないからやめろ、と言ったからだ。

思えば俺は、どうして犬飼を拒まなかったのだろう。

どうでもよかったはずだ。
例え、友人の部下が友人に嫌われようと、告白して玉砕しようと、叶わない恋をしていようと。

最初に殴られた時点で言ってしまってもよかったのに。


犬飼は俺のことを、二宮から聞くまで知らなかっただろうが、俺は実はそうじゃない。
前に、二宮と太刀川と俺とで飲みに行ったとき、べろんべろんに酔っぱらった2人が、隊員自慢を始めたことがあって、その時に見た。


『うちの出水はすげーぞー。リアルタイムで弾道ひけるし、おれのレポート手伝ってくれるしー。国近はなー、うん、おっぱいでかいし。唯我はー……ガンナーだし』
『俺の隊員が引けをとるわけないだろ。辻はな、お前みたいに後先考えず突っ込まないし、鳩原は弟子もとってるし、氷見は髪型に気を遣ってるし、犬飼は犬だし』
『お前らそろそろやめろよ。俺二人も抱えて出られないからな』

自慢にすらなっていない自慢を繰り返す二人の目の前には、大量の空きジョッキ。
張り合うように飲むから、最後には正体もないくらいに酔いつぶれる。
堤がいればとめてくれるし、加古でも(チャーハンで)止めてくれるのだが。来馬は迎えを呼ぼうとするからストッパーにはならない。

太刀川は隣に座る俺と無理やり肩を組むと、酒臭い息を吐いた。

『みょうじおめー、自分がフリーだからって、余裕ぶってんなよ! 画像見て決めろ、どっちの隊員のがすごいか』
『画像からどんな情報を読み取れっていうんだ』
『待ってろ。今うちの隊のベストショット見せてやる。生中2つ追加で』
『すいません今の取り消しで。二宮、自分のキャラ忘れるなよ』

目が据わった二宮が、携帯を操作して画像をこちらに向けてくる。
上下逆のそれを元に戻し、差し出された画像を見ると、二宮含め、4人の男女が仲よさそうに話している様子が映っていた。
そのうちの一人に、目が留まった。

『こいつは?』
『ああ、犬だ。違う、犬飼。うちのガンナーだ』
『……へえ』

オペレーターらしき人物がいないから、おそらくこれを撮ったのが二宮隊のオペレーターなのだろう。
二宮と黒髪の男女は、書類らしきものを注視しているけど、犬飼という男。

彼だけは違う。視線がまっすぐ二宮へ向いている。

他の画像を見ると、どの写真もオペレーターから送られたものらしく、隊員全員が映っているものが多い。
そのどの写真も、犬飼は二宮を見つめていた。

『……熱烈だな』
『? 何がだ』
『おいなんでおれの携帯動かないんだ? なんでだ? 反抗期か?』
『裏返しだからじゃないか? あと太刀川、お前本当に置いてくぞ』

騒ぐ太刀川を沈める……もとい鎮めるために尽力したせいで、その後のことはうやむやになった。だけど、あの目だけは、ずっと覚えていた。

文章でもなく言葉でもなく、その瞬間を切り取った画像を見たからこそ、印象に残っていたのかもしれない。


外を見ると、もう星が出始めている。
ずいぶん長いことぼうっとしていたようだ。

額に貼ったガーゼをはがし、ごみ箱に投げ入れる。だいぶきれいになったし、そろそろ必要ないだろう。
前髪でそれとなく隠してマスクをすれば、学校にも復帰できそうだ。

二宮あたりは渋い顔をするかもしれないが、あまり休み続けると単位も危ない。太刀川の二の舞はごめんだ。
書きかけの小説でも進めるかと、ソファから腰を上げた途端、インターホンの音がした。

「? 誰だ?」

もしかして、二宮が戻ってきたのか。

不思議に思いながら通話ボタンを押す。
聞こえてきた声は、俺にとってなじみのある人の声で。

一瞬呆けたが、慌てて玄関に向かった。

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