□足りないピースはここにあるよ
「ただいまー」
任務と暗躍を終え、久しぶりに玉狛支部へと戻ると、まず出迎えてくれたのは陽太郎だった。いつも通り雷神丸に乗って、こちらへぽてぽてと歩いてくる。
「迅、かえったか!」
「おう、陽太郎。今だれかいる?」
「レイジとこなみがいるぞ」
ロビーへ向かう陽太郎の後ろに並んで、おれもそちらへ歩く。
チビな陽太郎にはとどかないドアを開けてやると、ソファに座ってファッション雑誌を読む小南、ダンベルを持ち上げながら料理本を見ているレイジさんがいた。
うん、いつも通り。
「おかえりー、迅」
「お疲れ。冷蔵庫にサンドイッチが入ってるから、腹が減ってるなら食べろ」
「ありがと、レイジさん」
ちょうど小腹がすいていたので、いただくことにした。
台所に行くついでに、きょろっとあたりを見回してみたが、目当ての人物はいない。今日は大学が早く終わる日なのに、珍しい。
首をかしげながら、ラップが巻かれたサンドイッチにかぶりつく。何日も会っていないのだから、早く会って癒されたいのに、なんでなまえはいないのだろうか。
いつもは待っていてくれるのに。
落ち着かないおれを見て、小南がああ、と思い出したように口を開く。
「なまえなら、今日は遅くなるらしいわよ」
「え? なんで?」
「あれ、聞いてないの? なまえ、カウンセリング受けることにしたんだって」
小南の言ったことに、まだ咀嚼していなかったサンドイッチが喉の奥に詰まった。
かろうじてむせることは回避したが、思わず変な声が出る。しかしそんなおれに構わず、レイジさんも声をあげた。
「そうか、今日だったか」
「え……レイジさんも知ってたの?」
「心療内科を探すのを手伝ったからな。今日は初診だから、そこまで時間もかからないと思うぞ」
「…………」
おれ、聞いてない。
むぐむぐとサンドイッチを食べて、今度こそきちんと飲みこむ。
立って食べるな、とレイジさんがたしなめてきたが、それどころじゃない。
別に、恋人だからなんでもかんでも報告しろ、なんて言わない。そこまで束縛するつもりはないし、別行動だからこそ話を聞いて楽しいこともある。
だけど、カウンセリングは。
「…………」
カウンセリングを受けるということは、なまえが自分の失声症と向き合う決心をしたということ。
そのこと自体は無論、反対するつもりなんてないが、せめて一言くらい、教えてほしかったのも本当。
おれが支部にいなかったから直接は無理にしろ、いつも通りラインだったりメールだったりで、言ってくれたっていいのに。
なまえにとって重要な事柄だからこそ、おれより先に、小南やレイジさんが知っていたのが、悔しい。
「……陽太郎、知ってた?」
「? なにをだ?」
「だよな。うん、お前はそれでいい」
「わあっ」
雷神丸から陽太郎を持ちあげて、高い高いしてやる。
これで陽太郎も知ってておれだけ知らないとかだったら、本格的に拗ねていただろう。
もちもちしたほっぺたを触っていたら、がちゃん、とドアが開く音。宇佐美や京介なら、「ただいま」と声をかけるが、今は無言。なまえが帰ってきたのだ。
ソファごしに扉を見ると、いつも通りの大きなトートバッグを持ったなまえが、リビングへと入ってきた。
おれの顔を見ると、にっこりと笑って口を動かす。「おかえり」、だ。
「ただいま。そんでもって、お帰り、なまえ」
「なまえ、お帰り。どうだったの、カウンセリングは?」
小南がさっそく雑誌を放り出し、彼に駆け寄る。
おれもレイジさんに陽太郎を預けながら、なまえがかかげた画用紙を読んだ。
『最初は心理テストと、簡単に先生と自己紹介し合うだけだったよ。本格的なのはまだ先みたい』
「そうなの? 先生ってどんな感じだった?」
『人のよさそうなおばさんだったよ』
なまえはにこにこしている。初回の感触は悪くなかった、ということか。
まあそれは喜ばしいけど。おれ知らなかったけど。
「……みょうじ。迅が教えてもらえなかったから拗ねてるみたいだぞ」
「?」
「ちょっ……レイジさん!」
さらっとばらすレイジさんの言葉を聞いて、なまえがぽかんとする。
確認を取るように小南に向かって首を傾げ、彼女が頷くと、恋人は吹き出した。
顔が熱い。展開はなんとなく読めていたけど、視るのと体験するのとでは違う。ツボに入ったのか、なおも笑い続けるなまえの髪をぐしゃぐしゃとかき回すと、ようやく彼は新しい画用紙に何か書き込んだ。
『ごめん。忙しそうだったし、邪魔しちゃ悪いかなって』
「いやだから、別に拗ねてないし! なまえわかってて言ってるだろ!」
『そんなこ』
そこまで書いて、再びなまえは吹き出した。
完全にツボったようだ。こうなると長い。おれの恋人は笑い上戸だ。
ばしばしとソファを叩いて笑うなまえが、何にそこまでツボったのかわからないが、ここまで笑われるともうどうでもよくなる。
どうせ、本当に俺に気を遣っていただけだろうし。
だけどとりあえず、久しぶりになまえと一緒にいたいので、笑い続ける恋人を引きずって、おれの部屋に行くことにした。
お題:確かに恋だった
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