2.表情がわかりづらい


みょうじと名乗る男子学生と知り合って、2週間。

学科は違ったが学部は同じで、時たま同じ授業を取っていることがあった。相変わらずパソコンを叩いているので、見つけるのはたやすい。

「おい、みょうじ。もう始まるぞ」
「大丈夫だ。この角度からなら見えない」
「俺が言っているのはそっちじゃない」

今日もまた、最後尾に座り、真剣な顔(と言っても、表情が滅多に動かないので、いつでも真顔だ)でパソコンをのぞき込んでいる。何をそんなに熱心に書いているのかと気になるものの、さすがに勝手に見るのははばかられる。
聞いてもみょうじはごまかすので、結局何をしているか、俺はいまだに知らない。

隣に座ってノートと教科書を取りだしていると、にわかに入り口が騒がしくなった。
どたどたと走り回るような音に、何事かと目を向ける。閉まっていた扉が勢いをつけて開かれ、肩で息をしている男がよろよろと入ってきた。

もじゃもじゃの髪によれたシャツ(ボタンがかけ違えられている)、鞄は開きっぱなし。
その様子に眉をしかめたが、そいつが顔を上げて、俺はさらに舌打ちしたくなった。

「あ、悪い。ここって比較文化Aだよな?」
「えっ!? あ、は、はい……」
「よっしゃ、当たった。サンキュー」
「はあ……」

真面目そうな女子学生にそう確認し、男、太刀川は大きく息を吐いた。
よく見ればヒゲも伸びたままだ。寝起きでそのまま来たのか、コイツ。

注視しすぎたのか、太刀川と目が合う。おー、と手を振りながら、こちらへ近寄ってきた。

「よー、二宮。お前もこの授業取んのか?」
「今やめようか猛烈に悩んでいるがな」
「いいじゃん。これ単位取りやすそうだし」

軽いノリでそう言いながら、太刀川は俺をみょうじの方へ押し込め、今まで俺が座っていた席に無理やり尻をねじ込んだ。びきびきとこめかみが音を立てている気がする。

机の上に置いていた俺の鞄がみょうじのパソコンに当たり、気づいたみょうじがようやく顔をあげる。

「あ、太刀川」
「は?」
「よー、みょうじ。お前が言ってた単位取りやすそうな授業って、これだよな?」
「ああ。レポートだし、出席そこまで重視じゃないらしいからな」
「いや助かるわ。レポートならみょうじに投げられる」
「それやったらお前のヒゲをピンセットで抜きつくすからな」

ヒゲを押さえる太刀川を無視し、みょうじに聞いた。

「知り合いか? 太刀川……もといこのヒゲと」
「二宮、今なんで言いなおした?」
「高校同じなんだよ。そこのヒゲ……もといわかめ頭と」
「なあなあ、もはや俺の影も形もねーんだけど」
「安心しろ、むしろそのものしか残ってないから」

そうか、高校か。
俺は進学校の方に通っていたから、普通校の奴らとはあまり面識がない。
隊員で同年代のやつらならば普通校でも知り合いはいるが。

なるほどと納得していたら、太刀川があれ、と言いながら俺とみょうじとを指さす。

「てかお前ら知り合いだったのか?」
「ああ。水曜日の2限が被っていたんでな」
「へー。ボーダーで知り合ったんじゃねーのか」
「は?」

本日二度目だ。こんな間抜けな声と顔をさらすのは。そしてもう始業の時間は過ぎているのに、まだ教員はこないのか。

太刀川はそうそう、と言いながら、携帯をいじりだす。もたもたと動く指にイラつきながら続きを待っていると、目の前に大き目の画面が差し出された。

「ほら、みょうじもボーダーなんだよ。B級のソロガンナー」

画面には、ボーダーの正隊員の名前がずらりと羅列されている。一部分を太刀川の無骨な指が拡大する。

そこには確かに、「みょうじなまえ」と名前があった。

「…………」
「ああ、そういえば二宮もボーダーだっけか」
「え、何お前、今更だな。シューターランク上位様に」
「名前は知ってたんだけど、顔は知らなかったんだ。接点ないし」
「みょうじ、もうちょい他人に興味持ちゃいいのになー」

あっけらかんと言われた言葉に眩暈がする。

世間は狭い。狭すぎる。
たまたま大学で会った友人が、同じ組織にいて、しかも俺の知り合いとも友人で。
まあこの大学は、ガイダンスなどをなるべくボーダーの都合に合わせてくれるから、自然ボーダーの学生が多い。だから、可能性がないわけではないのだが。
だとしても狭いだろう。

頭痛さえ覚えながらこめかみをもみほぐしていると、太刀川が「あ」とまたもやつぶやく。今度は何だ。もう何も聞きたくない。

「この授業、今日休講だってよ」
「マジで?」
「サイトに書いてある」

目の前を太刀川の携帯が渡っていく。
この大学には、休講の情報やガイダンス、催し物の情報を一括で掲示しているサイトがある。隣からみょうじの手元をのぞき込むと、この授業の名前の横に「休講」と赤い文字で書かれていた。

体から一気に力が抜けた気がした。

「ああ、マジだったか。無駄足だったなあ」
「俺超急いで来たのに。なんか腑に落ちねー」

太刀川がぐちぐち言いながら立ち上がる。みょうじも無表情のままパソコンを閉じ、鞄にしまった。
俺は次の講義まで一コマ空いているし、図書館にでも行くか。

どっと疲れたような感覚を味わいながらも、二人に倣い、鞄に荷物をしまって立ち上がると、なぜか太刀川に腕を掴まれた。

嫌な予感しかしない。

「……おい、なんだこの腕は」
「いや、なんか納得いかねーから遊びに行こうかと思って」
「一人で行け。俺はまだ講義がある」
「一回くらいサボったって大丈夫だろ。みょうじも行くよな?」

見ると、みょうじもがっちりと腕を掴まれている。
ただの無表情なのか諦めきった顔なのか判断しづらいが、これは前者だろうか。

「太刀川に捕まったら、俺逃げようがないしな」

後者だった。

結局その日は、本当に授業をサボらされ、俺とみょうじは太刀川にあちこち引き回された。

「なまえ」という名前に俺が首をかしげるのは、もう少し先の話である。


「お、メールだ。誰か……ら……」
「? なんだ、ムンクの叫びみたいな顔をして。誰からだ?」
「……忍田さん……」
「さよなら太刀川、お前はいいやつだった」
「短い付き合いだったな、来世では俺に絡むな」
「お前ら!!」

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