□欲情している
教科書をまとめながら、僕は苦笑いした。
体育の成績なんかはずば抜けていいけど、犬飼くんは理数系科目全てがひどい。文系だからいいんだ、なんて言わず、せめて単位取得位は頑張ってほしい。
そんな話をちょっと面白く脚色しながら話してみたのだが、予想に反して辻くんはくすりとも笑わなかった。
それどころか、なんとなく、不機嫌になったようにも感じる。
「……あ、ご、ごめんね、辻くんの先輩なのに……」
「……いえ。……それより、今日本当に泊まっていいんですか?」
「うん。もう少ししたら、ご飯食べに行こうか」
旅行費を出してもまだお金に余裕があるので、二人分払うくらいはなんてことない。
今は6時だから、あと1時間くらいしたら出ることにした。
さて、それまで何してようかな。
とりあえずお茶のお替わりを淹れようと腰を浮かせかけたところで、僕の携帯がぴろん、と音を立てた。ラインだ、誰からだろう。
「ちょっとごめんね」
「はい」
断ってから携帯を取ると、相手は当真くんだった。
なんだろう、突然。
ネコのアイコンがかわいらしい彼のメッセージを確認すると、
「ひま、遊べ」
と、一言。
既読スルーしてしまおうかと一瞬思ったけど、ここで無視すると後々鬱陶しいので、返信する。
「今忙しいので無理ー」
「絶対ひまだろ。カラオケ行こうぜー」
「むーーーーりーーーーー」
「あーーーーそーーーーべーーーー」
「嫌」
「急に通常テンションやめろよ」
また今度ね、と打とうとしたら、突然、背後からぬっと手が伸びてきた。
携帯を持っていた手が床に押し付けられて、そのまま電源も切られる。
真っ黒になった画面には、間抜けな顔をした僕と、顔の上部が見切れた辻くんが映っていた。
背中には低めの体温。
耳に呼気が当たって、ぞわぞわと鳥肌が立った。
「あ、あの、つ、辻くん?」
回らない舌をどうにか動かして、黙ったままの彼に話しかける。辻くんは「みょうじ先輩」と、いつもよりも低い声で答えた。
「犬飼先輩の話したり、当真先輩の話したり。……今は、俺と一緒にいるんですよ」
「う、うん?」
「恋人と一緒にいるのに他の奴の話なんて、いい度胸ですね?」
鼓動が速くなる。顔が熱い。
画面に映った辻くんの口許が、ゆっくりと歪む。
「親のいない家に俺を呼んだってことは、そういうことなんでしょう?」
言うが早いか、辻くんは僕の肩を引いて体を回転させてから、床に押し倒した。
恥ずかしくて顔が見られず、そっぽを向くと、辻くんの手が僕に上を向かせる。噛みつくようにキスされて、口の中をかき回された。
「ん、ふっ」
視界が辻くんで埋められて、僕は初めて、彼がわかりやすい表情をしているのを見た。
顔を離すと、つうっと細い糸が伸びた。それを舐めとった辻くんが、息を整えるのに必死な僕の頬を触る。
「みょうじ先輩。……いいですか?」
これは、
「……どうぞ」
僕に、欲情している。
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