□欲情している
友人づてに知り合った後輩、現恋人の辻くん。
僕から告白して、向こうがOKを出してくれて。
感情が読みづらいことを除けば、不満なんてほとんど何もない。
そんな彼と付き合って数か月。
初めて、辻くんがうちに泊りに来ることになった。
「お邪魔します」
「どうぞー。散らかってるけど」
マフラーに顔をうめた辻くんが、頭を下げながら玄関に上がった。
今日は両親が結婚記念日で、二人で旅行に行っている。あさって帰ってくる予定だ。
……僕がアルバイトを掛け持ちして、二人分の旅行費をわざわざ捻出したんだけど。
まだ数か月、もう数か月。
手も繋いだしキスもしたけど、その先にはまったく進んでいない。そもそも二人きりになっても、そういう雰囲気にさえならない。キスだって、していいのかダメなのか、辻くんは分かりづらい。
だから、できたら今日、一線を越えたいのだけども。
部屋に荷物を置きに行くと、辻くんはぐるりと僕の部屋を見渡した。
上着を受け取ってハンガーにかけていると、意外そうな声で彼が言う。
「……みょうじ先輩の部屋、あんまり物がないんですね」
「あ、う、うん」
もちろん片づけたからだ。
柄にもなく、片づけのハウツー本なんか買って、くたびれた上着はクローゼットの奥に押し込んで、買ったばかりのかっこいい上着を外にかけて。
部屋が汚いとか辻くんのあの無表情で言われたら、多分僕は立ち直れない。
幸いにもそんなことは言われなかったので、まあよしとしよう。
「あ、えっと。どうする、先課題済ませる?」
「はい、お願いします」
「うん、じゃあ、教科書持ってくるね」
いけないいけない、今日辻くんは、あくまでテスト前の勉強をするために来たんだから。
2年生の時の教科書を本棚から取り出しながら、成績だけはよくて良かった、と安堵した。勉強教えてください、と言われていいよ、と即答できるくらいに。
机の上に勉強道具を用意し、ちょこんと座って待っている辻くん。
思わずぐらりとくるくらい可愛くて、僕は脳内にすぐさま城戸司令の渋面を思い浮かべた。
うん、よし、邪念が全て取り払われた。
「……じゃあ教科書開こうか……」
「? はい」
ちょっと取り払われすぎたかも。
課題を終え、テストの範囲を復習し、ついでに次の授業の予習もして。
ひたすら健全にそして円満に、勉強会は終了した。
ちらりと見えるうなじとか上目遣いとか、時たまこちらに寄り添ったときにちょっとだけ辻くんの匂いがしたりだとか、とりあえず城戸司令が(脳内で)大活躍だったことをここに記しておく。
「うん、オッケー。もう完璧だね」
「みょうじ先輩の教え方がよかったからです。ありがとうございました」
「いや、辻くんが飲みこみ早いからだよ。犬飼くんもなあ……もう少し勉強してくれるといいんだけど」
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