馬鹿ですが愛されています


「い、たい痛い痛い! もうちょい優しく!」
「ぎゃあぎゃあうるさいなあ。しみるのが嫌なら怪我なんかしなきゃいいだけでしょ。何考えてんだか」

俺は親の仇かなにかか、というくらい、菊地原が執拗に傷を拭ってくる。
両腕をアスファルトで擦りむき、派手に流血したので、消毒してもらっているのだ。

「子供もろともスライディングするなんてさ。呆れるよ」
「いやあ……そのくらいしか思いつかなあ゙ッ!!」
「あのまま車が走ってたら、子供だってかすり傷で済んでたよ。あんだけ蛇行してたんだから」
「うぐぐ……」

菊地原の言う通り、俺が助けに入らなくても、ぐねぐねと走っている車は子供にぶつからなかった可能性が高い。まあ気が動転していたせいで、そこまで考えが至らず、思わずスライディングして両腕を擦りむきながら子供を助けたわけだが。

結果子供は怪我一つなく、母親にはこっちが恐縮するほどお礼を言われ、その場にいた人たちからはヒーロー扱い。
普段そんな扱いなどされないので、照れくさくもむずがゆくもあったのだが、どうにも菊地原の機嫌が悪い。

包帯をこれまたきつめに巻かれて思わず呻きそうになったが、手当ての終わった腕を叩かれて声も出なかった。

「ッ……! …〜…!!」
「ほんっとに馬鹿だよね。ぼくこんな馬鹿と付き合ってるなんて嫌なんだけど」
「ひでえ……。子供助けたんだから少しくらいほめてくれても……」
「何みょうじ、ほめられたくてやったワケ? さらに気持ち悪いよ」
「…………」

俺のライフはすでにゼロです。

さっきまでの日常の愚痴とは打って変わり、辛辣に俺の反省点をあげつらう菊地原。別にほめられたくてやったわけじゃないし、体が勝手に動いただけだし。

でも、ちょっとくらい優しい言葉をかけてくれたっていいんじゃなかろうか。
……俺が甘いのか。

ぶつくさ言いながら俺の血を拭いたガーゼをまとめたり、消毒液をしまったりしている菊地原を、後ろから抱きしめる。
菊地原は一瞬だけ固まったが、すぐに鬱陶しそうな目で俺を見た。凹む。

「何、みょうじ。邪魔なんだけど」
「なんかさっきから怒ってるから……ごめん?」
「理由もわからないで謝られるほうが腹立つって知ってる? 本当にデリカシーないね、きみって」
「だってわからないし。何か怒ってるなら言えって」

そう言うと、菊地原は黙り込んだ。
しばらく黙って、さっきまで容赦なく傷を拭っていた指が、今度は壊れ物を扱うように、包帯をなぞる。

急にしおらしくなってしまった菊地原の手を取ると、俺に背を預けてきた。

「……あんまり、馬鹿なことしないでよ」
「バカなこと? ……っていうと、今日みたいな?」

菊地原が頷いた。

「他人庇って、怪我したりとか、そんなのみょうじのキャラじゃないし。馬鹿は馬鹿らしくポケポケ歩いてればいいのに」
「……つまり、心配だから怪我をするようなことはしないでくれと」
「…………」
「正解か」

小さく小さく、首が縦に動いた。

にまにまと口の端が歪む。抑えようとしても、抑えきれない。
腕の痛みは無視して、思い切り菊地原を抱きしめた。

苦しい、暑いと文句が漏れたが、引き離そうとはしない。

「お前本当に可愛いなー! なにその突然のデレ!」
「うっさい……ていうか、可愛いとか言われても別にぼく嬉しくないし」
「仕方ないだろ、可愛いんだから。100人が100人言うぞ。いや誰にも見せないけど」
「みょうじのそういう馬鹿なところ、本当に嫌い」

口では可愛くないことを言いつつも、菊地原の耳は赤くなっている。

馬鹿が嫌いでも、俺のことは大好きな菊地原は本当に可愛い。

prev next
top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -