繋いだ手のぬくもりは、確かにそこにあったよね


あたしが学校から帰ってきたら、何だか真剣な顔でなまえがパソコンを覗き込んでいた。
いつも誰かが帰ってくれば、「おかえり」の画用紙をかかげてくれるのに、それがない。よっぽど集中しているみたいだった。

「なまえ、ただいまっ」
「!」

びくっと肩が揺れて、目を丸くしたなまえがこちらを振り向く。
ようやく気付いて、慌てたように、机の上の画用紙を掲げてくれた、けど。

「……画用紙間違えてるわよ」
「…………!?」

書いてあるのは「ありがとう」。ガサガサと画用紙の束を探り、今度こそ「おかえり」の画用紙をかかげられ、あたしはため息をついた。

「一体何をそんな熱心に見てたのよ?」

回り込んで、なまえの隣に腰を下ろす。
迅の定位置だけど、あいつは今また暗躍だかなんだかでいないし。

パソコンをのぞき込むと、そこにあるのは「カウンセリング」の文字。
病院のホームページみたいだった。

「カウンセリング? 受けるの?」

驚いてあたしが聞くと、なまえは少し悩んでから、頷いた。
ワードが開かれ、そこに大きめの文字が素早く並んでいく。

『もう4年も経つから、そろそろ向き合わないと』
「…………」

具体的に何と、とは書かれていなかったけど、それが指したものが何なのか、あたしにはわかる。

失声症で4年と言う歳月は、かなり長いらしい。
発声練習をしているところはよく見かけるけど、ボスが言うには声帯自体が震えないようで、未だに空気の音しか聞こえたことがない。

独学で手話を学び、筆談で読みづらかった字もきれいに矯正した。だけどなまえはどうしても、カウンセリングだけは嫌がった。

理由はすごくシンプルで、大侵攻を思い出したくないから。

「……平気なの?」

ぽつりとつぶやくように聞くと、なまえは苦笑いして、頷くことも首を横に振ることもしなかった。わからない、ということだろう。

4年前、彼が近界民の腹の中に納まったとき。
そいつを斬り裂いて、なまえを助け出したのは、実はあたしだ。

助けた後、なまえは逃げるでもなく、ガレキの山にただ座り込んでいた。
服には血が飛び散っていたから、怪我でもしたのかと尋ねたけど、答えないままずっとある一点を見つめ続けていた。

何かあるのかとあたしも同じ方向を見て、そして、変わり果てた男女の姿を見つけた。
薙ぎ払われたように壊れた家の中は真っ赤だった。

彼らが、両親と妹だと聞いたのは、彼がボーダーに入ってから。不思議なことに、なまえはあたしのことを覚えていなかった。

だけど、妹さんはあたしや栞と同い年だったらしく、だからか彼はあたしたちに甘い。

ぎゅう、とあたしより大きい手を握りしめると、なまえは笑って、再び新たな文字を打つ。

『小南ちゃんたちのおかげで、すごく元気になれたから。今度は僕が自分で頑張らないとダメだって思ったんだ』
「べ、別にあたしは何もやってないわよ!」

思わずそう叫ぶと、肩を揺らして彼が笑う。その肩を軽くぶって、頭突きした。

声を聞きたいのは、あたしも一緒。くだらないことを話して、それでよく笑う彼が、声をあげて笑うのを聞いてみたい。大学であった話を聞きたい。太刀川隊にいた時の話も、彼の口から聞きたい。

だけどもし、カウンセリングを受けて、あの時と同じようになったらという不安も、拭えないではない。決意を固めたなまえの邪魔をしたくないのに。

いまもどこかで暗躍している、彼の恋人ならば、どんな言葉をかけるだろう。

「ねえ、なまえ」

首を傾げたなまえの、優しそうな目をじっと見た。

「……やっぱり、なんでもないわ」

もう一回頭突きをしたら、今度は頭をなでられた。

ずっと、にこにこと微笑んでいてほしい。あの時のようにならないでほしい。戻ってしまうのなら、声が出ないままでも構わない。

それがあたしの勝手なワガママだと、わかってはいるけれど。

お題:確かに恋だった


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