あからさまな愛の表現


「というか、俺は別に、その話を蒸し返したいわけじゃないんだ。まあ今のは八つ当たりの意味もあるんだが」
「何だと?」

急に衝撃的な話をし出したと思ったら、今度はみょうじは、それが主題ではないと言う。
初めて会った時から今の今まで、とにかくよくわからない男だ。真顔で八つ当たりだなどと言ってしまうし。

「わからないことがある。二宮は仮にも犬飼の隊長だし、わかるかと思って」
「仮にも、は余計だが。一体なんなんだ」

痛むのか、大きな痣のある顎をさすりながら、みょうじは言った。

「前に、手加減なしで今みたいにボコボコにされたことがあってな。ほら、前も一週間くらい休んでただろ」
「……そういえば、そんなこともあったな。執筆が忙しいなんざ嘘つきやがって」
「すまん。で、そこからしばらく暴力は止んでたんだが、先週の金曜日にこうなってな」

こう、と言いながら、彼は自分の顔を指さした。
一週間経ってこの治りようじゃ、完治するまでどのくらいかかることやら。後で引き摺ってでも病院に連れていくべきか。

俺がそんな算段をしているとも知らず、みょうじはフィルターぎりぎりまで吸ったタバコを灰皿に押し付け、首をかしげる。

「犬飼に対して、少し言いすぎたんだ。……だけど、殴るきっかけが、それじゃないような気がしてな」
「そのきっかけを俺に探せと? 無茶言うな」
「そう言われても。犬飼、このところ何か変わったこととかなかったか?」
「変わったこと、か……」

何事かあっただろうか。
言われるがままに記憶をさらっていって、あることに気が付く。

辻が、犬飼とともに任務のため、本部へ赴いた日。

俺から見て犬飼は普段通りだったのだが、来るまでに、偶然見知らぬ女と話すみょうじを見て、すさまじく機嫌が悪くなったのだと言っていた。
犬飼はみょうじが好きなのか、とも。

好き、の部分を伏せてそれをみょうじに伝えると、訝し気に眉を寄せた。

「モデルみたいな女って……犬飼も女がどうたらとか言ってたけど、それがどうしたっていうんだ」
「普通に考えたら、嫉妬じゃないか?」
「犬飼が? あいつは二宮が好きなんだぞ。なんで嫉妬なんかするんだ」
「…………」

到底信じていないような表情の彼に、だけど、と思う。

「……みょうじ、犬飼に殴られる前の会話。詳しく思い出せるか?」
「ああ……。確か、キレたきっかけは『お前は一途じゃない』とかそういうのだったな。その後に、二宮がいいなら二宮にいけ、俺のところに来るなって」
「それで?」
「ずっとそう思ってたのかって聞かれたから、そうだって。それから殴られた」

殴られても、俺に告げ口せず付き合ってやるみょうじ。見ず知らずの女に嫉妬する犬飼。自分のところに来るなと言われて殴りだす。

その要素をより合わせて、辿り着く答えは。

『犬飼先輩って、みょうじさんのこと好きなんですか』


「……それは、犬飼は俺じゃなく、お前のことを好きになったんだろう」
「……は?」

はじき出した結論に、ぽかん、と口を開けて固まるみょうじ。だがすぐに間抜け面をひっこめ、呆れたような顔で俺を睨んだ。

「だから、何度言えばわかるんだ。犬飼はお前が、」
「みょうじ。お前、自分で言ってただろが。見込みのない相手なら、次に行くだろうって」
「……それは。でも、お前は抑えられるもんじゃないって」
「抑えたんじゃない。心が移ったんだ。犬飼に見向きもしない俺から、たとえ殴られても自分に付き合ってくれるお前に」

そう断定的に言うと、みょうじは一瞬固まったのち、唸って考え込んだ。

女に嫉妬したのも、来るなと言われて怒ったのも。どれも幼稚だが、わかりやすい。

そして俺は、どうして犬飼を怒らせたのかと気にするみょうじにも驚いていた。

まだ付き合いが長いわけではないが、それでもコイツの考え方は知っている。
『小説以外は基本的にどうでもいい』だ。

ソファに体をもたれさせて、ため息をつく。
……巻き込まれたのは、俺の方かもしれない。


「そもそも犬飼は俺のどこが好きなんだ」
「目つきが初恋の子に似てるんだと」
「見た目じゃねーか」

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