少年の面影は消えて


「すいません蒼也さん……2時に電話するとか本気でご迷惑を……」
「わかっていてもやるから救えんな」
「おっしゃる通りです……。あー気持ち悪い……」
「ほら、ひとまず水を飲め。薬も買ってきた」
「もうほんとゴメン、何から何まで……」

さすが高性能、俺の家に薬がないことも見抜いていたとは。

コップに入った三門のおいしい水(ちょっとぬるまっていたけど)を飲んだら、蒼也が隣から薬を渡してくる。それを飲むと、気分的には少し楽になった。

てきぱきと俺の脱ぎ散らかした上着をハンガーにかける蒼也に、心底申し訳なくなる。しかし気持ち悪くて動きたくない。壁にもたれたまま、再び彼に話しかけた。

「蒼也ありがとな。そしてすまん」
「礼はいいから、態度で示せ。毎回こんな飲み方をしていたら肝臓を壊すぞ」
「んー……勧められるとなあ。俺結構押しに弱いから」
「ほう」

不意に、蒼也の目が眇められる。

雰囲気が変わったのを肌で感じて、背筋をうすら寒いものが走った。

ハンガーをクローゼットに収めた蒼也は、すたすたと俺の元へ歩み寄ってきた。別に何の危険もないはずなのに、脳が全力で警戒令を発している。
蒼也は俺の目の前まで来ると、しゃがみこんでこちらを覗き込んだ。

「なまえ」
「……な、なんでしょう」
「お前、昨日電話で何を言ったか、覚えているか?」
「え、えっと、水持ってきてくれって」
「その後だ」
「そ、その後?」

蒼也の有無を言わせない目に、慌てて昨日の記憶をさらう。

水を頼んで、その後。


ありがとねー蒼也。超愛してるー。
それは素面の時に言え。俺はもう寝る。
うん、お休みー。


それは、素面の時に言えって。

「思い出したようだな」

頬に蒼也の手が触れる。肩が揺れた。
小さいくせにやたらと硬い手のひらが触れた部分が、火でもついたように熱い。

ずいっとさらに顔を近づけられて、俺は後ろに身を引こうとした。しかし背中は壁、逃げられるわけもない。

「なまえ」
「そ、蒼也、待って待ってマジで。こ、こういう冗談とか、言うキャラじゃないじゃん」
「俺はいたって真面目だ」

真面目でそれもどうなんだろう。

「言え」
「な、にを」
「思い出したんだろう?」

中学生の時の面影はどこへやら、大人の男の顔をして俺に迫る蒼也。

迫る相手は俺じゃないだろとか、そんなことを言われて嬉しいのかとか、言いたいことはあったはずなのに、結局言えなくて。

蒼也の視線に耐え兼ね、俺は口を開いた。

「……あ、……あ、あいし、てる……?」

しどろもどろのその言葉に、蒼也はわずかに顔をしかめたが、諦めたようにため息をついた。

「最後の疑問形はいらないが……まあいい。及第点だ」
「あ、ありがとう……」
「本当に押しに弱いんだな」

頬に触れていた手が離れていく。
息を吐いたのもつかの間、幼いけれど精悍な顔だちがふっと近づいて、額に触れた。

「……え」
「次は、お前から言いたくなるようにしてやろう」

本気か冗談かわからない真顔のまま、蒼也が言う。

誰だ、見た目が中学生のまま変わっていないなんてほざいていたやつは。

そんなの、面影すら消え去ってしまったじゃないか。

お題:遠吠え

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