□少年の面影は消えて
俺と、俺の幼馴染は、今年21歳を迎えた。
俺は普通に大学生を満喫しつつ、バイトなんかも始めてみたりして。
幼馴染、風間蒼也も大学生だけど、なんとボーダー機関きっての戦闘員である。見た目は中学生の頃から変わっていないのに。
物言いはキツいし態度もクールだけど、努力をする人間には正当な評価をくれるし、誰かの長所を見つけることに長けている。現に、蒼也が率いる隊の一人は、欠点だと思っていた部分を活かして、彼らの戦法に多大な貢献をしているのだという。
俺がハイスペックな蒼也の隣にいても卑屈にならず、むしろ自分に自信を持てるようになれたのは、彼の存在が大きい。
だから、幼馴染としても友人としても、俺は蒼也のことを尊敬していた。
午前2時。草木も眠る丑三つ時。
そんな時間になぜ起きているのかというと、バイトの飲み会があったからである。
お世話になった先輩が引っ越すらしく、その送別会だった。
借りているアパートの一室までどうにかたどり着き、鍵をあけてどちゃっと倒れ込む。
「うはははは、超揺れるー。ぐるんぐるんしてるー」
それだけのことがやたらと面白くて、くすくす笑いながらはいずって中へ進む。ああ、鍵しめなきゃ、とどこかで思ったが、起き上がるのが面倒くさい。
水を飲みたいけど動きたくない。どうしよ。
酔っぱらった思考のまま携帯を手に取って、履歴からある人物の名前を呼びだす。
はた迷惑な時間なのに、何回かコールしたら彼は出てくれた。
『……なまえ。なんだ、こんな時間に……』
「あー蒼也ー。ごめーん、寝てたー?」
『は? ……お前、相当酔っぱらっているな』
「ないない、酔ってない。たかがビール5杯で酔っぱらいませーん」
酔っ払いはみんなそう言うんだ、と不機嫌そうに言うのは蒼也。
今まで寝ていたのか、少し声がかすれている。いい声だ。
上着を脱いで放り投げながら、用件を聞いてくる蒼也に応える。
「いやさー、あのさー。水飲みたいんだー」
『勝手に飲んでろ。腹が破裂するくらい』
「蒼也こっわ! ダメなんだよ、今三門市のおいしい水じゃないと受け付けないー。明日でいいから買ってきてー」
『…………ハァ』
心底呆れ切ったようなため息は、蒼也の了解の証だ。
なんだかんだ言いつつ幼馴染に甘い男である。電話にも律儀に出るし。
明日は休みだし、いつものお礼に、任務がなければ蒼也をどこかへ連れて行こう。
「ありがとねー蒼也。超愛してるー」
『それは素面の時に言え。俺はもう寝る』
「うん、お休みー」
ぷつん、と電話が切れる。よし、これで明日には水が飲める。
携帯を握りしめたまま、俺は眠りについた。
げし、と背中を蹴り飛ばされたような感覚で目が覚めた。
「起きろ、なまえ」
「なー……あ、蒼也……」
目を開けてすぐ視界を埋めたのは、フローリングの床。
うつ伏せから仰向けの状態になると、薬局のビニール袋をさげた蒼也が、呆れ切った顔をして俺を見下ろしていた。いつも見下ろす側だから、これはこれで新鮮だ。
ああそうか、水頼んだっけと思い出した途端、猛烈な頭痛と吐き気が俺を襲った。
「……ゴメン、ちょっと吐く……」
「毎度毎度、何回同じことを繰り返せば気が済むんだ、お前は」
そうは言いつつも、蒼也は袋を置いて、俺を起こしてくれた。トイレまで蒼也の肩を借りて歩く。いつも通り低い視点だ。
顔だちも、中学生の頃から変わらない。
便器にしがみついて、胃の中のものを吐き出す。飲みすぎるたびにこうして吐いて、酒なんてもう金輪際飲むものかと思うのに、どうして忘れるのだろうか。人とは愚かである。
一通り吐き出して流し、口をゆすいだら、ようやく少しだけすっきりした。
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