いつだって手放しで甘い恋に酔い痴れている


サイドエフェクトで、なまえがペアチケットをもらうことは視えていた。
だから、一緒に出掛けられるだろうと思って、おれは嬉しかったのだけれど。

沢村さんにおれらのことがバレるのも視えていたけど、それでなまえが部屋に引きこもるのは読み逃した。
最終的にはレイジさんのご飯で釣ったものの、少しだけ焦った。

数年前の彼を、思い出してしまって。

「イルカのショー、3時からだってさ。なまえ見たいか?」

パンフレットをなまえに見せながら聞くと、少し悩んでから携帯で文字を打って見せてきた。
人が多いから、いつもの画用紙は使わないらしい。

『時間が合えばでいい』
「オッケー。それじゃ、のんびり回って行こうか」

水族館なんてものすごく久しぶりだ。
彼もそうだろう。

このところ任務やいつか来る大侵攻の対策会議ばかりだったから、たまには思い切り羽を伸ばすのもいい。それが恋人と一緒ならばなおさらだ。
沢村さんに心の底から感謝しつつ、まずは浅瀬の魚コーナーから見ていくことにした。

筆談が多いからか、ペンだこのできたなまえの指を握って歩き出す。

人が多いから見えないだろうし、彼が拒否しないのは視えている。
ただ少しだけ顔を朱に染めて、それから幸せそうに笑った。

だからおれも、そんななまえを見て笑った。



浅瀬や干潟、南国の海。
色鮮やかな魚が気ままに泳ぐ様は、思わず童心に返ってしまうほど。実際に水槽に顔を近づけすぎて、なまえに笑われてしまった。
そんな彼も、コツメカワウソがじっとこちらを見てきたときは、真顔になって見つめ返していたのだが。

全面が水槽という、青く美しいトンネルを二人で抜け、大満足で息を吐く。

「はー。いいなー、水族館。沢村さんに感謝しないと」
『楽しい?』
「ああ。いいリフレッシュになる」
『よかった』

携帯をポケットにしまって、今度はなまえがある一点を指す。「クラゲ」と看板が下がっているそこは、クラゲをライトアップして展示しているところらしい。

「クラゲ? いいよ、行こうか」

嬉しそうに頷いて、なまえはクラゲの元へ歩いていく。おれもその後に続いた。

真っ暗な中に、青や赤のライトに照らされたクラゲが漂っている。なまえは繋いでいた手を放すと、クラゲのもとへ歩み寄った。よほど見たかったらしい。

四角や丸の水槽を漂う半透明の生き物を、じっと眺めている。

その横顔が、やはり数年前の彼と重なった。

「…………」

何を言っても反応せず、何をしても反応せず。

ひたすら死んだような目で、沈み切った面持ちでベッドに座っていた。
最上さんが死んだときの自分と同じか、それ以上だったように思う。

だから放っておけなくて、ずっと話しかけていた結果、こうして恋人同士になって水族館デートまでしているのだからわからないものだ。
確定した未来ではなかったから、友人でとどまる未来も、むしろ仲が悪くなる未来もあったのに。

だけどおれは、なまえの隣にいる未来を選んだ。今は彼がいないことなど、考えたくもない。

「…………?」
「ん? なんでもない」
「…………」

ぼうっとしていたのか、いつの間にか近づいていたなまえに肩を叩かれる。
首をかしげる彼に笑うと、少し納得がいかなそうな顔をしていたものの、すぐにいつもの笑顔を浮かべる。
そしておいでおいでと、俺を手招いた。

言われるがまま、指さされたところに近寄っていくと、水槽の一部分を指さされる。目を凝らしてみたが、特に何も見えない。
ただただクラゲがふよふよしているだけだ。

「なまえ、なんもないよ?」
「…………」

それでもなまえの指は、とんとんと優しく水槽を叩く。
訝しく思いながらも、さらに顔を近づけた、その時。

頬に一瞬だけ、柔らかいものが当たって、すぐに離れていった。

唖然としながら隣を見ると、なんでもないような顔のなまえがいる。
しかしおれが見つめ続けたら、どんどん頬が赤くなっていき、最終的には足早にクラゲ通路を突き抜けて行ってしまった。
そこそこ人が多いのに、ぶつかりもせずすいすいと歩いていくのはすごい、けれど。

「…………読み逃した」

なまえはほんとうに、予想のななめ上のことをする。
真っ赤だろう顔を片手で隠しながら、おれもなまえの後を追った。

お題:確かに恋だった


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