イイエこれは恋ではありません


「きゃあっ! ……な、なんなの、アンタ!」

くるくると巻いた栗色の髪に、ぱっちりした目。豊かな胸にくびれた腰。すらりと長い足に、ヒールの高いブーツが似合っている。

学校からずっと、嵐山くんを尾けていた女だ。
大学の人間ではない。

「ダメですよ、ストーカーは。ましてや嵐山くんになんて」
「ストーカーって、な、何よ! 准だって、私のことが好きなの! 邪魔しないでよ!」
「好きだったらなんで彼は逃げたんですか?」
「照れてるだけよ、准はすごく恥ずかしがりやだから。だから番号教えてもかけてくれないの。私がいつも電話かけてるのよ。最近は妹とかいうのが出てるけど」
「でしょうね」

嵐山くん、ここのところ本部に泊まり込みで、家にも帰れなかったらしいから。
そのくらいのことも知らないで相思相愛だなんて、片腹痛い。

ため息をつきながら、女性の腕を引いて歩き出す。

「とりあえず、警察行きましょうか」
「はあ!? なんでよ、私別に悪いことしてないじゃない!」
「バッグに包丁なんて入れておいて、何言ってるんですか? さっき嵐山くんのこと刺そうとしたくせに」
「だってみんな邪魔するのよ! 准の隣にいるのは私なのに!」
「違いますよ。嵐山くんの隣にいるのは嵐山隊でしょう」

僕らはそれを見ているだけ。
それが正しいファンの在り方だ。

喚き続ける女性を引きずって、僕は携帯で警察に通報した。



「みょうじ!」

大学で、いつものように嵐山くんとその取り巻きが見える位置に座ったら、なぜか囲まれていた嵐山くんが立ち上がり、僕の名前を呼んだ。
あまりの驚きに、ルーズリーフにぐしゃりとしわが入る。

名前を教えた覚えもないのに。
僕の驚きなどなんのそので、嵐山くんは輝かしい笑顔で僕の前に座り、深々と頭を下げた。

「昨日はありがとう! 本当に助かった!」
「……えっと、なんの、」
「昨日、女性を通報しただろう? 包丁を持っていたと」
「…………」
「あまりにもおれの名前を連呼していたからと、警察から連絡が来たんだ。その時に話を聞いてな。最近、無言電話をかけてきたり、副や佐補が出ると罵声を浴びせてきたりした犯人が、彼女だとわかったんだ」

そしてその警察が僕の名前を漏らしたということか。
守秘義務という言葉を辞書で調べてアンダーライン引け。

しかしバレては仕方ない。僕は自分のキャラにふさわしいようにと心がけながら、嵐山くんに向き直った。

「い、いや、あの人、ずっと包丁ちらつかせてて……。い、言えばよかったんだろう、けど、ごめん、あんまり嵐山くんと仲良くなかったから……」
「気にしないでくれ。俺は無事だし、あの人も捕まったしな。本当に感謝しているよ」
「う、うん」

再び頭を下げた嵐山くんは、「今度何かお礼をさせてくれ」という言葉を残して、自分が座っていた席へと戻って行った。
再びわいわいと盛り上がり始めるそこを見て、ため息を零す。

この動悸は恋ではありません。
純粋なファン心なのです。

お題:確かに恋だった


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