□イイエこれは恋ではありません
いろんな局で放送される番組を、パソコンやテレビをいくつも使って全て録画する。
特集の組まれた雑誌が出たら最低5冊は買う。
観賞用、展示用、保存用。その他。
彼が大学に上がったら、1年通った大学をやめ、同じ大学に入った。学部も学科も彼と同じところを選んだ。残念ながら必修のクラスは違ってしまったけど。
僕は嵐山准が好きだった。
「あ、ジュンジュン、テレビ見たよー!」
「超かっこよかったー! ねえねえ、手帳にサインして!」
「ああ、もちろん!」
明るくて優しくて頭もよくて、見た目もメディアでもてはやされるほどだし、しかも本物の正義のヒーロー。
たまに鬱陶しいアンチなんかもいるけど、屈託のない笑顔はどこでも人気者で。
「嵐山、これ前休んでた時のプリントな」
「いつもすまないな、今度何か礼をするよ!」
「気にすんなって! こっちこそ、いつも街守ってくれてて、ありがとな!」
いろんな人に囲まれて、嵐山くんは笑っている。
僕はそれを、遠くから見つめている。
当たり前だ、見るからに影キャラの僕が、あんなキラキラしたところに行けるわけがない。遠くから見るだけで十分、彼のまぶしさは伝わる。
僕のこの感情は恋ではない。
純粋かと聞かれると少し迷うけど、それでもこれは、いちファンとしての「好き」だ。
第一、向こうも僕も男だ。恋になど落ちるわけがない。
先生が教室に入ると、嵐山くんを取り巻いていた男女は、大人しく席に着く。一角だけ人口密度が高いのはいつ見ても笑えるけど、意外と授業中は静かだ。
嵐山くんが真面目だから。
僕もルーズリーフを取り出し、シャープペンで板書を写し始めた。
今日は5限目まであったから、講義が全て終わった頃には外は暗くなっていた。
僕は伸びをしてから、長い足ですたすたと正門に向かう人物を追いかける。足音も気配もさせやしない。
どうせ影キャラ、向こうは意識もしていないだろうから。
嵐山くんは友人と別れて、まだまだ人どおりの多い通りを歩く。今日はまっすぐ帰るようだ。
いつもは友人に誘われて寄り道したりしているけど、たぶん、妹の佐補ちゃんが夕飯を作ってくれるのだろう。思春期真っ盛りでも、やっぱりお兄さんが好きらしい。
ほっこりしながら、コツコツと足音を立てているその人を追いかける。
途中、嵐山くんは不思議そうな顔をして後ろを振り向いたけど、別に僕は動じなかった。
たまたま、後ろを歩いてるだけという表情をしてスマホをいじっていれば、彼は首をかしげながらも再び前を向く。
人気者なんだから、もっと気をつけなきゃ、嵐山くん。ストーカーに追いかけられちゃうよ。
住宅街に入ると、人はどんどん少なくなっていく。
嵐山くんはあれから何度か振り返ったけど、やはり僕には気づかないままだった。
コツコツと、二人分の足音。
ようやく、何かおかしいと気が付いたのか、嵐山くんは突然、角を曲がって走り出した。さすがボーダー、足が速い。
僕もすぐに走り出し、嵐山くんを追いかけようとしていた人物の腕をつかんだ。
バッグに突っ込まれていた手首を引きずり出すと、彼女は悲鳴をあげた。
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