『っはあ!はあ!』

「大丈夫成瀬さん?」


何がどうしてこうなったんだろうか。
確か私は幸村くんの手を引いて、通学路の坂道を駆け降りたはず。


でもいつの間にか手を引かれているのが私になって、引かれていたはずの幸村くんがあり得ないスピードで走り出したのだ。


あんなものこれでも一応女子の私が着いていけるはずがない!しかも私帰宅部!
ていうか運動部の子でも、下手したら男子だって着いていけないと思う。


とりあえずあのスピードはあり得なかった。人間技じゃない。恐ろしい悪魔みたいなスピード!


「成瀬さん…?」


こう心配そうな顔をしている幸村くんは、もちろん息が乱れるはずもなく、むしろ笑いながら走っていた。


ていうか本当にこの人私の事好きなの!?もうちょっと体力ってものを配慮してもらいたい!



「その、立てる…?」

『……無理』

「!」


………なんでそこで笑顔になる!?
地べたにしゃがみこんでる女の子に向ける顔じゃないと思います!なんか凄く嬉しそうなんだけど!?



「じゃあ俺がお姫様だっこしようか」

『あっれー?なんか力湧いてきた!』

「ちぇっ」



今舌打ちっぽいのが聞こえたのは気のせいじゃないと思う…。てか本当に幸村くんはいきなり突拍子も無いことを言い出すから怖い。



『…幸村くんはよく分かんない』

「え?」

『私の事本当に好きなの…?』


一瞬きょとんとしてから、今にも泣き出しそうな顔になる幸村くんにぎょっとした。

「…やっぱり、嫌だったよね」

『え』

「頭では分かってるんだ。迷惑だってことくらい。だけどどうしても君を見ると、制御が効かなくなる」


困らせて、ごめん。
そう小さく呟いた幸村くんが本当に悲しそうな顔をするから…。



『た、確かに困るよ!?困るけど…嫌じゃ無かった、ような気がします』

「……それ本当?」

『う、ん』

「そっか…」


良かったと微笑む幸村くんはやっぱりカッコ良くて…。容姿ってずるいなとしみじみと思いました。


『幸村くんと手繋ぐことは嫌じゃないけど、やっぱり人前は恥ずかしいので…』


止めてくださいと控えめに言ってみたら、頭をふわりと撫でられた。


「努力します」


………やっぱり幸村くん自体が狡いと思う。色々と反則だと思う。


…まあ、笑ってくれるから今はいいかななんて。


なんだかふんわりとした空気が私たちを包んでるときに、いきなり幸村くんが、あ!と声をあげた。


『どうかした?』

「いや、成瀬さんにいうの忘れてて」

『何を?』

「あのね?今年の学園祭が他校と合同でやることになったって他校のテニス部の部長から連絡が来てさ」



他校と合同の学園祭かあ…。
そう言えば中学校の時にも似たようなことやってなかったっけ?


「俺が中3の時にも一回やったんだけどね想像以上に好評だったらしくて」

『…多分私それ行ってるよ』

「え…?」

『友達と遊びに行ったんだ』


私が答えると、へえと興味深そうに返事をする幸村くん。


私は青学にいる従兄弟に誘われて、友達と学園祭に行ったんだけど、なんか色々と激しかった。なんか開催者的な人が強烈すぎて、今も覚えてる。



「…じゃあ、さ」

『うん?』

「学園祭の運営委員やってみない?」

『……私が?』

「もちろん」


いやいやいや!
そんな重大な仕事無理でしょう!
なんか運営委員って凄く大変そうなイメージがある…。

とりあえず全力で首を横に降ったら悲しそうな顔をされてしまった。



「ねえ、やってよ成瀬さん」

『む、無理だよ!そんな重大な仕事!』

「大丈夫だって!俺もフォローするし」

『そういう問題じゃ…!』


なんか思った以上に幸村くんがしつこいぞ。


「…俺、初めての合同学園祭は成瀬さんと作り上げたいんだ」

『……初めてってなんで?』


去年もテニス部で立海生だったなら参加してるよね、と問えば首を横に降られた。

…でもこれ以上は話したくなさそうだよね。珍しく黙り込んでるし。


『…どうして私なの?』

「理由?そんなの簡単だよ。成瀬さんが運営委員になってくれれば、クラス違うけどいっぱい一緒にいれる」


相変わらず恥ずかしいことをスラスラと言ってのける。でもこれが幸村くんじゃなかったら、なんかもの凄く気持ち悪いと思う。


『…楽しい、かな?』

「俺が楽しませてみせるよ」


そう言い切った時の幸村くんの表情が、物凄く頼もしくて、カッコ良くて、部長なんだなと思わせた。


『……前向きに検討してみます』


幸村くんと一緒に出来るなら、本当に楽しくなりそうな予感がしたから。







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