鉄錆の匂いが色濃く漂う戦場。

戦いの爪痕を生々しく残したそこで、一人の兵士が力無く横たわっている。溶けたような足が、赤茶びた鎧が、力の無い瞳、その色が強さが光が、恐らく兵士の命がそう長くはないであろうことを明瞭に語っていた。
その見上げる空を高く、円を描くようにして鳥が飛んでいる。

「ぁ…」


ふと、その乾いてひび割れた唇から、音が。
兵士は、空を見上げていた。
空の鳥を見つめていた。

何を考えているかは、その濁った双眸からは読み取ることは出来ない。
やがて男は、その両目からほとほとと涙を落とす。
血の混じった、鮮やかな涙だ。


偶然その光景を目にした女がいた。彼女は戦を終え、自分の陣地へと帰るところだったらしい。
毅然とした眼差しが、馬上から男の姿を怜視する。

幸い近くに人の気配はない。
女は馬を降りて、男の元へと一歩近付いた。


「おい。」

もう一歩。
しかし、返事は無い。

「あぁ、う……」
「………聞こえて居ないのか。」
「おぉ…ふ、うぅぅ……」


もう一歩。近付いた。
最早距離は隣接と言えるほど近く、女の体が作り出した影が男の顔にさっと射した。

そこでようやく気が付いたのだろう、男の視線が女へと向いた。濁った眼が、それでも大きく見開かれる。


「ク……イー、」
「そうだ。私だ。」


もう殆ど世界が映らない目だとしても、戦場を駆ける女となれば相手は自然と限られてくる。

その上自分のこの格好だ。殆ど判断能力を失ったこの男でも、自然と思い至ったのだろう。そう考えて、女は男の横にしゃがみ込んだ。
血に塗れた国章が女の目に入る。


「どうして泣いていた。」

どうやら今度はちゃんと聞こえたらしい。
男がはくはくと口を動かし、暫くして、掠れたような吐息を多く含んだ声が洩れた。


「そら……が、たかくて、」
「ああ。」
「つながっている……と、おもいました……、」
「ああ。」


女はただ頷いて、相手の続きを促す。おそらくは、この男の最後となるであろう言葉を。


「自由に行き来る事のできる、鳥が、羨ましいとも、」
「ああ。」
「妬ましくもおもいました………。」
「そうだな。」


つ、と一編の血が流れる。
涙が、男の頬を伝っていった。
目の濁りはより深く、辛うじて生体反応がみてとれる、そんな状態だ。
恐らくは、もう目に物は映ってはいないのだろう。


「国に、妻が、居たのです。」

これは

これは この国の 全てのものに 等しい


「あのような奴等に… おくれ をとらなければ、」


目を 逸らすな

これが お前の している事だ

「ク、イーン……わたしは、私は、それ でも……彼等がにくいです、」
「……そうだな。」
「生きたかった。」


男は過去形で、生きたかった、と。
それが男の自分の生への認識で、もう自分は死ぬのだと、悟っているそれは、そしてそのまま事実である。
男は死ぬであろう。


「あんな……奴等に、………あぁ……それでも……わたしは……」
「ああ。」
「あぁ………。」


男は長い長いため息をついた。
最後に、自分の全てを吐き出すかのようなそれを聞いた女が、軽く目を伏せる。


クイーン、私は、空が続いていることを知りました。
クイーン、私は、空を自由に飛ぶ鳥に、二国の姿を重ねました。
クイーン、私は、彼等も私達とまた同じなのだと知りました。

クイーン、私は、

私は、それでも、彼等を赦すことは出来ないのです。



それが、彼の結論。


目を 逸らすな
これが お前の している事だ

そして これは この国の
全てのものに 等しい



「……汝の敵には……。」
「………?」


そこで初めて、女の口から諾意以外の言葉が放たれた。


「汝の敵には嫌うべき敵を選び、軽蔑すべき敵をけっして選ぶな。」
「…………おぉ…」


男の目に、微かに光が宿る。


「あぁ……そのような……」
「汝は汝の敵について誇りを感じなければならない。」
「ああ……」


お前は誇るべき敵に負けたのだよ。女は呟いた。

ありがとうございます。

その言葉を最後に、男の体から力が抜ける。


「……………」

死んだ。


女が、十字を切る。
どうやら死者に対する敬意は持ち合わせているようだった。

厳かに一礼。

そして、がちゃり、鎧を鳴らして立ち上がったその時。


「アンタ。」
「……………」
「何してんだ。」


ぴりぴりとした殺意、それは紛れもなく敵のもの。
突き付けられた得物の先が、酷く寒々しい。
女はゆっくりと振り返り、相手をまっすぐに見つめた。


「……何もしていないよ。私は。」
「…………」
「……貴殿達の同志だろう。連れて帰ってやれ。」


そう言い、男の亡骸を目で示した女。
血に塗れた鎧。その国章は、紛れもなく西国のものだった。


「十字を切っていたな。」
「……見ていたのか。」
「その義に敬意を表して、この場は見過ごそう。」
「……感謝する。」
「次に戦場で会った時には、」
「ああ、わかっているよ。」



戦場を駆ける女は少ない。
その中で自分に声をかけてくれたのだから味方だろうというとは簡単に思い浮かぶ。
判断力の鈍った頭では、口調から人を判断することなど出来ないだろう。
赤い服飾は西国の母の、クイーンの目印。

血に塗れた鎧は、この体は、さぞかし赤く見えただろう。


敵を軽蔑するな。
敵に敬意を持て。


その言葉は、男に向けたものだったか。

それとも、女が自らに言い聞かせたものだったのか。




馬のいななきが天高く響いた




目を 逸らすな

これが お前の している事だ

そして これは この国の



この地の 全てのものに 等しい





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20130312
東国と西国、二つに別れて戦う国の白銀のマリアと紺碧のキングのはなし。
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