残光
(!年齢操作)


その人に再び会ったのは偶然で、遠い地でこなした忍務帰りにばったりと出くわしたものだから本当に驚いた。それは相手も同じだったらしく、目を見開いてただ己を見つめるだけだった。自分が我に帰ったのは彼女が大事そうに抱えている『それ』に気づいてからだった。ハッと息を飲む。柔らかな輪郭。健やかな寝息。真新しい布に包まれ、彼女の手で眠る赤子。

「子を、産んだのか」

そう問いかければ彼女は小さく頷いた。もう六ヶ月になるという。くらりと眩暈がした。数年前、あの箱庭で共に学び合った彼女が、人の妻となり子をなしたのか。胸のうちにえも言われぬ想いが駆け巡った。熱い。それはかつて己が学生時に体験したものとよく似ていた。そうか。固まった表情筋を無理矢理形作り、笑ってみせた。きっと酷い顔をしていることだろう。しかし、彼女は何も言わずに微笑み返してくれるだけだった。彼女は賢い女だったことを思い出す。

「ねえ、この子抱いてやって」

そう赤子を差し出す彼女。何を言っているのか。真意が掴めず馬鹿みたく狼狽えていると、子を目の前に差し出され、仕方なく受け取った。赤子はそれまで大人しく寝ていたというのに、突然腕が移って居心地が悪いのかぐずり始めてしまった。勘弁してくれ。焦る自分に彼女が優しく子の抱き方を教え、そして優しく子守唄を歌いはじめた。それだけで赤子はぐずるのを止め、再び夢路を辿り始めた。すごいな、これが母親というものか。感慨深げに思う。あの彼女が今やこの子の母親なのだと、ようやく実感が湧いた。もうお互い子供ではなく、あの時とは違うのだと思い知らされた気がした。

「…重いな」
「そうよ、子供って案外重いのよ」

聖母のように微笑んだ彼女を見て訳も分からず泣きそうになったのは何故か。無性に叫びだしてしまいたい衝動を必死に抑える。
駆け巡るのは愛しい箱庭の日々。何もかも今更遅いというのに、思い出す必要が何処にある。そうは思っても思い出は頭から離れてはくれない。ぐるぐると感情が渦巻いてのた打ち回る己がいる。ただひとつ、分かることは、今は無理だとしてもいずれ彼女と己の腕で眠るこの子の幸せを真から望めるようになるということ。それだけだった。


現実に起こった全てから目を背けるように瞼を閉じる。脳裏に映るのは美しい思い出。光のような温かな記憶が瞼の裏で淡く融けて消えていく。胸に詰まる想いと共に息を吐き出した。嘆くばかりでは居られないのだ。そう決意する。固く閉じた目を開けば、そこには奪い取るしか能がない忍びに抱かれているというのに、腕の中の赤子がすやすやと安心しきったように寝ていた。その赤子の目元は、目の前で泣きそうに笑むその人にとてもよく似ていた。


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テーマ「人外ファンタジー」
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