バッハのラプソディより
※年齢操作
※死ネタ













木を隠すのは云々ということもあり、常に多くの領民で賑わっている城下町は敵の城の密偵にとって恰好の場所だ。だからといって休日の人間を呼び出して「加藤、今日は休日だから町へ行くのだろう?ついでに視察してこい」なんて言う忍頭はぶっちゃけどうかと思う。俺、全く休みじゃないじゃん。さっさと帰って馬たちの手入れをしてやろうと思ってたのに。




それでも一応上司の命令だから町をふらふら彷徨くフリをしながら周囲の気配を探る。が、特に変わった点は見受けられない。男たちは元気一杯に魚を売り、女たちは簪を夢中になって自分に合わせている、いつも通りの風景。異常なし。


無駄足を踏ませやがった上司を心中で呪いながらさっさと帰って愛馬たちの世話をしようと自分の家がある方向に足を向けたときだった。あまりにも見慣れた姿が目に入った。名前先輩だ。




名前先輩は俺より一つ上のくのたまの先輩だった。名前先輩はくのたまだけどなかなか親切な人で、学園一苛酷な委員会とも言われている会計委員会の仕事をよく手伝ってくれていて、俺は昔から名前先輩に懐いていた。


声をかけて二言三言挨拶でもしようと思った。近況報告をするのもいいかもしれない。だって俺は心のそこから先輩に懐いていたし、先輩も俺のことを可愛がってくれていたのだから。――ただし、先輩が敵じゃなかった場合だけど。


思い出したのは先輩がやっと就職が決まったと喜んでいたときに寂しかった五年生の俺がどこに就職するのか、と聞いたときの先輩の返答だった。「しょうがないなあ、団蔵にだけ特別に教えてあげる」と苦笑いしながら教えてくれたのは、残念なことに今、俺が仕えている城の敵対している城の名前だ。




本当に、残念だ。ここで見つけたからには放っておく訳にはいけない。入り込んできた害虫は死、あるのみだ。一応俺は忍者だから往来で攻撃や捕獲は出来ないので名前先輩が人気の無い場所に行くまで尾行しようとしたが、大通りを抜け、人通りが少なくなったところで名前先輩がいきなり全力で走り出した。尾行に感づいたらしい。


名前先輩は入り組んだ路地に入って行く。恐らくどうにかして尾行を撒こうとしているのだろう。でもここは俺の庭同然の場所だ。撒かれるはずがない。猫とネズミのような追いかけっこ。だんだん距離を縮める俺に焦ったのだろうか、名前先輩は袋小路へと突っ込んだ。――勝った。


少し息を整えて小路に俺がおもむろに足を踏み入れると名前先輩が膝に手を置いて、地面を見ながらゼエゼエと肩で息をしているのが見えた。今すぐ拷問するなり殺すなりしてもよかったのだが、どうも体が動かない。俺が苦無を構えたまま動かない間に息を整えた先輩がゆっくりと顔を上げ、俺を見て微笑んだ。




「久しぶり、団蔵」




ああ、名前先輩は何も変わっていない。お久しぶりです、と返すと団蔵はちょっと見ない間に強くなったねと誉められて何故だろう、少し嬉しくなった。




「さて、私は殺されるのかな?」

「…名前先輩は昔から変に潔いですよね」

「そう?そんな覚え全くないけど」

「…俺が一年生のとき、予算会議の前日に帳簿の計算やっててどうしても間に合いそうになかったときに名前先輩が潮江先輩にもう諦めましょうって言ったの、まだ覚えてますよ」

「ああ、あれね。あの時の潮江先輩の瞳孔がバッチリ開いた血走った目!忘れられないよ」

「俺もです。あ゛ぁ゛!?っていう返事もなかなか印象的でしたよね」

「団蔵、潮江先輩の真似巧すぎ」




そう言って笑う名前先輩は現在の状況を全く気にしてないようで。いや、状況を気にしていないというより寧ろどこか懐かしいような、そう、昔のような。いや、昔と全く同じなだけだ。少しフワフワしたことを言う名前先輩、それに突っ込む俺、さらにそれを笑う名前先輩。そして、そんな名前先輩へのとある感情に蓋をして押し込める俺。今、この瞬間と全く同じだ。今だって、ほら、




「名前先輩」

「なぁに、団蔵」




気を抜いたら蓋が外れそうで。

どうしてこうなったんだろう。いや、こうなる可能性なんていくらでもあることは学園に入った時から分かっていたはずだ。だって、忍なんてそんなものだから。

それでも、俺は信じていた。信じたかった。幸せな未来を。でもそんなものはどこにも無かった。嫌と言うほど思い知った。だからそんなことに今さら絶望したりはしない。

そう、思っていた、けど、




「言いたいことが、言いたかったことがあるんです」

「奇遇ね。私も言いたいことがあるの。でもね、言っちゃダメ。でしょう?」




名前先輩が苦無を構えたままの俺にゆっくりと近付いてきた。そして自らの首を苦無の切っ先に軽く当てる。俺は動けなかった。ボロボロと馬鹿みたいに涙を流しながら、動けなかった。




「それじゃあ団蔵、またいつか」




そういうと名前先輩はそれはそれは綺麗な、俺の貧相な国語力じゃとても言い表せないような綺麗な笑顔で微笑んで、そのまま俺の胸に倒れ込んだ。








そうですね。先輩、名前先輩。またいつかどこかで会えたならそのときは――――


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