ブランケット
「尊奈門、愛などというものは気休めであり、まやかしだ。そんなものを信じて色に溺れてはいけない」
そう、幼い頃から組頭にも父にも言われて育ってきた。だから私は長じてからも、そういうものだと思っていた。彼女に出会うまでは─…。
「今夜は冷えますね、諸泉さん」
城の女中である彼女と知り合ったのは、星の美しい夜に夜空を眺めようと外に出た際に偶然行き合ったのがきっかけだった。それ以来よく一緒に夜空を眺めている。
「そうですね、」
私は彼女と話すと舌っ足らずになってしまい、後でいつも悔やんでいた。伝えたい言葉があるのに、音にしようとすると言葉にならずヒューっと喉から口を通り抜けてしまう。
「今日は苗字さん来ないのか…(せっかく持ってきたのに‥)」
特別、彼女と待ち合わせをしているわけではなかった。気紛れな彼女は毎晩星を見るというわけではない。第一、知人というだけで彼女と待ち合わせる理由など無かった…それでも、会えない夜は無性に切なくなる。
「あ、(苗字さん…!と、)」
ある日、
彼女は高坂さんと、とても楽しそうに話していた。
その夜、彼女はいつもと同じ場所で星を眺めていた。
「こんばんは、諸泉さん。」
いつもと変わらぬ笑顔で彼女は私に笑いかける。
─今夜も冷えますね─お風邪を召さないように気をつけてくださいね─と、私を気にかける彼女に、私は操りきれない気持ちをただ力任せに投げつけた。
「何故…!何故、私なんかにかまうのですか!ただの遊びで関わらないでください!私は‥私は…!…辛いのです」
思いを一方的にぶつけて、彼女に傷をつけてしまった。まるで子供だ。彼女は泣くだろうか?それとも怒るだろうか?何にせよ、彼女とはもう、今夜が最後の逢瀬だろう…。
「諸泉さん、」
そっと、彼女は私の頭を優しく撫でてきた。
「かまうとか遊びとか、私にはよく分からないのですが、私は諸泉さんと一緒に夜空を眺めるのを楽しみにしています」
彼女の顔を見ると、彼女は優しく微笑んでくれた。
「…怒らないんですか?」
「当たり前です。だって‥私、諸泉さんが優しい方だって分かってますから」
そう言って彼女は、私が後ろ手に隠していた膝掛けを指差した。
「諸泉さん、空気の澄んだ寒い夜は星が綺麗に見えるんですよ。一緒に見ましょう?」
縁側に座り笑顔で手招きをする彼女に頷くと、私は彼女の隣に腰を掛けて一枚の膝掛けを彼女と自分の膝にかけた。
彼女と見上げた夜空は、確かに彼女の言ったように綺麗だった。
たとえ想い叶わずとも、今は貴女とこうして温かく柔らかな光に包まれていたいと、
私は夜毎思い、今日も言葉に出来ないのです。