俺と彼女


そうだ、死のう。
俺は仕事の帰り道に思った。


世間は夏。

蝉の声が耳に障る。
道路を走っている車のエンジン音ですら気に触る。
汗で髪の毛が顔について不快だ。
ポケットに入っているケータイの着信音が鳴り続ける。
どうせ仕事のできない上司からの電話だろう、煩わしい。
俺はケータイの電源を落とした。
残業しないっての……
今月クソ上司のせいで何回残業したと思ってるんだ。
残業しても給料でねぇし…
クソ上司は提案すらできねぇ、一人で書類作れねぇ、声だけはでけぇ……
どうやってこの仕事につけたのか理解できない。
挙げたらキリのない上司の愚痴が心から溢れる。

「はぁ……。」

どうして俺はこんな生活をしているのだろうか。


俺は、保積 蔵一知、29歳現在独身だ。
両親に恵まれすげぇ裕福とまではいかないがそこそこな生活を送っていた。
自分の努力と個性を使って医学にちなんだ学校に進むこともでき、
24歳で薬学部から卒業、
大手医薬品会社の開発職にめでたく就職することができた。
当時の俺は夢である、
「苦しんでる人のためにこの頭を使いたい」
に一歩近づくことができた、そう思った。

「思ったんだけどなぁ……。」

この会社に就職して、はや四年。
クソ上司にこき使われる日々だ。
ボロボロで会社と上京してきた家を往復するだけだ。
俺の疲れを癒してくれる様な彼女は勉強ばかりしてフラれた。
最近靴を買い換えてないせいで、革靴もボロボロだ。
カバンだって、スーツだって……
俺の口から、今日何度目かわからないため息が漏れる。
これ以上考えたって仕方ないので、エナジードリンクとかいう
健康を考えたら明らかに飲まない様な液体を喉に流し込み、
俺はふらつく足を動かした。

クソ上司の電話ぶっちしたし、今日はもう家に帰るだけだ。
家になんか食うもんあったっけ……
財布の中はほぼ空だったはず、コンビニは無理か。
まあいい、帰って冷蔵庫にあるものを適当に口に入れて寝よう。
冷蔵庫にきっと何か入ってるはずだ。
早く帰ろう。

視線を上げた時不意に目に入った夕焼けがやけに眩しかった。
河川敷で釣りをして遊んでいる子供達の声が遠くから聞こえる。
いいなぁ……無邪気で………
俺も昔はあんな風に遊んでたっけ…
橋の上から見る子供達はとても輝いて見えた。
あんな風に遊びたいなぁ……
橋の下を覗き込むと川があった。

もし、川に飛び込んだら俺は楽になれるんじゃないか?

輪廻転成なんか信じていないが、今死ねば楽になれる。
そうだ、飛び込もう。
そうだよ、今飛び込めば幾分か涼しくなるだろう。
こんな暑い日々にさようならだ。
俺は手すりに手をかけた。

「ねぇ、そこの人!!」

呼びかけられた気がした。
止めないでくれ、俺は今からクソ上司から解放されるんだ。

「ねぇ、そこのスーツの人、聞いてる?」

知らない。

「もう、ねぇ!!あなた、暇そうだから私とスイパラ行かない?」

突然腕を引っ張られた。
振り向くとそこには、天使がいた。
この俺の知る限りの言葉で表せれない女の子が………
いや、学校帰りであろう制服を着た女子学生がいた。

「ね、暇でしょ?あなた、そこで立ってただけだもんね!はい、決定〜!!」
「は?」

行こ〜!!!と謎の女子学生に腕を引っ張られる。
俺はなすがまま彼女に連れて行かれた。


次に意識が戻ったのは、スイパラに入って席に座った時だ。

「ねぇ、お兄さん大丈夫?」
「ん?」
「私はケーキ取ってくるからお兄さん荷物見ててね!」
「あ、ああ…??」

俺は、橋から飛び降りようとして………
は?
飛び降りる…?
俺は一体何を考えているんだ?
飛び降りる、ということは自殺………
俺はなんて恐ろしいことを…

「ただいま〜!はい、お兄さんも何かとっておいでよ!」
「え、は?」

可愛らしくにこやか微笑みながら反対側の席に座る彼女。
そうだ、この子。
この子は誰だ…?

「君、誰……?」
「えっ…お兄さん…私さっき自己紹介したのに…」

ぶーぶーと口を尖らせる彼女は……いや…

「ごめんね、ちょっとぼーっとしてたから……。」
「ああ〜、ねっ!
お兄さんずっとぼーっとしてたからもしかしたらとは思ったけど!
うん!!えっとね、私は天使 錬ちゃん!苗字の「あまつか」は「てんし」って書いてあまつか、
「れん」は金へんに東って書くの!!
れんちゃんって呼んでいいよ!!よろしく!!」

……本当に天使だった…。

「お兄さんは?」
「俺…?俺は……保積…。」
「まあ、お兄さんはお兄さんって呼ぶね!」
「そう……。」
「早く、早くお兄さんがケーキとってこないと私食べづらいから早く取って来てよ!!」
「いや、食べていいよ……。」
「もういい、私が勝手にとってくるから!!」

そういうと彼女は足早にケーキを取りに行った。
あ……?
俺は今スイパラにいる…?
待て、スイパラって……先払い式だったよな……?
はっとして俺は机のレシートを見る。
レシートには1時間セット、という文字が書かれていた。
出口に出て行くカップルが会計を通さずそのまま帰って行くところを見ると、やはり先払い式の様だ。

俺、代金払ってない……よな。
え……さっきの子に払ってもらった…?
待て待て、俺は社会人で、彼女はどう見ても学生だ。
それは社会人としてよくない……のでは…
ふと、レジに立っている店員が訝しげにこちらを見つめている。
なんでだ……

「お待たせしました〜!!」

彼女……天使さんが戻って来た。
皿の上にはチョコケーキ、チョコバナナ、チョコクッキーなど
様々なチョコが乗っていた。
甘ったるそうだな……見るだけで胃もたれしそうだ。

「ありがと……う…」
「へへ〜どういたしまして〜!じゃあ、私食べるね!いただきまーす!!」

気づいてしまった。
先ほど店員が俺のことを見つめているわけを。
そもそも俺みたいなボロボロのスーツの男が平日の午後に
スイパラに来る時点でおかしいじゃないか。
それが、女子学生と一緒だと。
はっきり言ってJKビジネスか何かと間違われているのではないだろうか。
店に入るときは、覚えてはいないが彼女に代金を払ってもらっているし……
ああ、すごく帰りたくなって来た……。

「それでね、ドタキャンされたの!酷くない!?」
「へ〜……ひどいね……」
「でしょ!!前のデートもドタキャンだったの!!」

彼女に適当に相槌を打ち今の状況を整理する。
俺は、今スイパラに来ている。
なぜかよくわからないが、
彼女に代金を払ってもらいケーキを食べようとしている。
整理しても意味がわからない…。

「あ、お兄さんのお皿チョコばっかになってる…ごめんね!
お兄さん難しそうな顔してたから甘いものもっと食べるといいよ!!
私のおごりだし!!」
「はっ!?」
「どっ……どうしたの?お兄さん大きな声出せるんだね……」
「いや、そりゃ喋るし……
じゃなくてさ、君なんで見ず知らずの大人を連れ込んで奢ってるの…
俺なんで未成年に奢られてるの……俺はなんでここにいるの…大体なんで俺を連れて来たの…
あ……??何言いたいかわからなくなって来た…」

彼女は顎に手を当てて考え込んだ。
そして、ひらめいた!と言わんばかりに両手を合わせた。

「まあ、もうお金払っちゃったし食べてよ。
時間もったいなし、ケーキ食べ放題だよ??食べなきゃ損だって!」

それは俺の望んだ答えではなくて、
でも、なんだか……俺が真面目に考えてるのが馬鹿らしくなってきた。

「あ〜……もう意味わかんねぇ…くそ!!なんだってんだよ!!!
あーあ……チョコケーキうめぇな!!!」
「あはは〜お兄さんやけ食いしてる〜!私も負けてらんないね!」

俺は一心不乱にケーキを食べまくった。
口の中がチョコで甘ったるかった。
でも、悪くない。


気づいたら一時間経過していた。

「お兄さん!時間だ!!」
「あ…?ああ…ほんとだ……そうだ、君。
スイパラの代金………」

そこまで言って思い出したが、
現在の俺の所持金はコンビニで買い物ができないような貧相な財布だった。
気づいた途端冷や汗が出てきた。

「ん〜?奢りって言ったでしょ?」
「いや……でも君ね、見ず知らずの人に……う〜ん…」

社会人として注意しておくべきなのに、俺……俺金持ってない……
歯切れの悪い返しをする俺に彼女は不満げだ。

「あ〜……えっと、なんで君見ず知らずの人なんか誘ったの…?」
「さっき言った!彼氏にドタキャンされたの!!
それでたまたま居たから誘ったの!!暇そうだった!!」

自殺しようとしてた、とか言えないな。

「……それで違う男と行くってまずくないの?」
「いいのー!!!見つかったら兄妹とか言うしー!!
もう、とりあえず店出ようよ!!」
「ごめん……。」

店員の目は未だ冷ややかなものだった。
即座に荷物をまとめて足早に出口に行った。


「それで〜?」
「あ、ああ。君が俺を誘ったのはわかった。
でも……奢ってもらうのは…ちょっと………」
「なんで?私は無理やりお兄さんを連れて来たんだし、いいじゃん!」
「大人としての面子が立たないんだよ……ちなみに代金はどのくらい?」
「1500円」

俺は膝から崩れ落ちた。
俺の現在の所持金は105円である。
百均ですら買い物ができない。

「お兄さん大丈夫…?」

彼女が心配そうに声をかけてくれた。
ああ、俺は見ず知らずの学生に奢られるようなダメな大人だ…。

「う〜ん…お兄さんが面子気にするなら、また今度私に奢ってよ!
今日彼氏の愚痴聞いてもらえたし、楽しかったし、
それにお互いお金出すことになるから、気にならないでしょ!」

名案だ!と言わんばかりにはしゃぐ彼女。
気にならない……いや、気になるけど。

「まあ、それでいいか。」

彼女と喋っている時に深く考えるのはやめよう。
もっとわからなくなる。
だとすると…連絡先か。

「天使さん、これ俺の名刺。」
「わ〜!!初めて名刺なんてもらった!!すごいね!!
じゃあ、また今度連絡するねー!!遅いからもう帰るね、ばいばいー!!」
「うん、ばいばい……。」


……今、俺…連絡先渡したな。
女子学生に……別に犯罪じゃないよな、いいか。
ご飯食って帰るだけだし…今日…ちょっと楽しかったな……
…俺も早く帰るか、明日仕事だし。
いつもより歩いて脚が重いはずなのに、やけに足取りが軽かった。


2017/06/19


BacKGO

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