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A)反転の目 .



*過去話になります。交流にはほぼほぼ関係はないのでこっそりと。




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『その目さえもう少し真面ならマシだった』

雨が建物を叩く音で目を覚ます。見慣れた木組みと煉瓦で作られた天井。此処に、自分しか居ないことを知っているからこそ普段より視界を広げて天井を見るが、60数年前まで毎日毎日言われた言葉が再び思考に湧き上がり、瞼を直ぐに落とした。

ペルレが残したのはまた男児か。
縁起の悪い。
あのペルレが父ならばあれもきっと面汚し
しかも獣人に孕ませたらしい

血族の声も沸き立つが、そんなことは些細なことだから気にもならない。残るのは常日頃、先代に言われ続けたこと。
エルフとの子ができず獣人に手を出した先代。彼は私を純エルフにより近いように振舞わせた。髪を下ろし、額にある小さな角を覆わせた。できうる限り体を動かさせず、体を成長させにくくさせた。それから陽に当たらせず肌を白いままにさせ、そして、山羊とも言えぬこの瞳は決して人の目に晒させないようにキツく言い続けた。
そうすれば、エルフにしか見えないからと。
目つきはすっかり癖になってしまったし、強い日差しは肌が痛むようになってしまってすっかり彼の思うように体は変化した。
「雨かぁ…さて、領主にお支払いに行こうかな…」
思い出したことを振り切るように、誰に言うわけでもなく呟いてから、身支度を済ませて地下から店へ足を向けた。

「…酷い顔」
定期的に顔を合わせる女領主に開口一番告げられ、思わず眉が下がる。
「天気が悪いと頭が痛むんだよねぇ…それはそうと、はい、今期分。」
金貨が詰まった皮袋を差し出すと、呆れた顔をしながらも彼女は何も言わずにそれを受け取った。
「貴方のことだからキッチリ耳を揃えてるんでしょうね…60年間全く変わりなく。自分の土地だったんだから値切ったりすればいいのに。」
「私はスヴァルトを名乗った時からペルレの恩情も捨てたよ。」
何度も吐かれる小言に何度も同じ返答を返す。彼女とのやりとりの一部。彼女ももう変わるとも思ってはいないだろう。
「ペルレの恩情、ね。恩情を真面に受けたことは無い癖に良くゆうわ。」
「いやー、25歳まで良く食わせてもらったよー?後、うちの店代とか修行代。」
小僧一人じゃ無理だからねぇと笑って告げると、相手から返ってくるのはお決まりの溜息。
「…あの屑や家に貴方がもらったのは金?」
「今日は何だか食いつくね?私は自由を手にし、貴女は爵位と手段を。いいこと尽くしじゃ無い?」
にこりと微笑んで彼女に話は終わりだと意思を伝えると、貴方が良いならいいわよと呆れた声で返されてしまった。

『ペルレを買う気はないかな?』
親族が、父が、皆が逝ってから黒服のままで僕は父の最後に買っていた女性に声をかけた。父親として恐らく良くない父だったが、女性の好みだけは尊敬ができた。
賢く、芯の通った、父に踊らされない、女性。
僕の母も、彼女も皆、そうだった。
『…なぜ私なの?ペルレ当主。』
僕の提案に冷静に問いかけてくる当たり、やはり彼女は頭がいい。
僕は彼女の顔を伏せた目のまま見つめて告げた。
『僕のやりたいことにはペルレは邪魔で、君のやりたいことには必要と、感じたから。そして、誰より確実に道を違えずに爵位を使ってくれると思ったから。』

「…あの時、了承してくれたから納得したものだと思っていたんだけどなあ…。」
ふと昔を思い出して苦笑しながら帰路につく。
ぽつりぽつりと地を叩く雨を傘に感じながらゆっくりと薄く目を開いた。
過去は正直どうでもいい
目や角を否定されたこと
性を否定されたこと
吐き出し口として虐げられたことも
全部今は過去で
今は気ままに楽しいのだから



「おや、雨がやんだ。」

空を見上げた目に雨上がりの光は眩しすぎて、再び瞼を閉じた。







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アールヴの過去現在
ふわっと





みそ.




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