リベアム | ナノ
『Just for youA』



「それで、何処へ行くんだ?」
 両の手を仕える執事にとられてエスコートをされながらベルホルト・クリオールは問いかけた。晴天の空の下、普段着ていないようなラフな服装に着替えて、履き慣れないほど柔らかく薄い作りのブーツで煉瓦道を歩きながらの問い掛けに答えたのはこの場にいる誰よりこの服装を着こなした男である、シャン・ドゥ・ギャルドだった。
「俺の地元、中心街です!」
 夏の陽光に負けず劣らずぱっと明るい表情を浮かべながらシャンが答えたものに対して、少しだけ苦笑をしながらガロット・テルミナスがフォローを入れる。
「思う存分主様に楽しんでいただけるものを考えたのですが…これが一番『ベルホルト様』に楽しんでいただけるかと思いまして。…シャンのエスコートルートとなると、些か普段よりもお疲れになるかもしれないのですが…。」
 冗談交じりにぽつりと呟いた先輩執事の言葉を耳ざとく聞いた後輩執事はニシシシと豪快に笑いながらなんの曇りもない声で「それは確かにですね!」と、同意の言葉を漏らした。そんな返答に同意しないでくださいと呆れたように呟いたガロットは普段のように気を使った表情を浮かべながら己が主の顔色を伺った。
「私共の目的は貴方様に楽しんでいただくことですから、もしも、ご希望がございましたらお気兼ねなく言いつけてください、主さ「はーーいっ!だーめですよー先輩!いーや、ガロット君!!」
……一瞬の間の後、シャンの叫び声が響いた。ハーフグローブをつけた手が大柄な男の耳を容赦なく引っ張り下げている。
「もう一度、その調子乗りの口を開いてご覧なさい、シャン。」
「あだだだだだ!!タイム!タイムです!先輩!」
 呆れたように深くため息を吐きながら解放された耳を半泣きになりながら右手で押さえつつシャンは口を開いた。
「だってお忍びなんでしょー?なら堅苦しい口調とか、『主様』って呼んじゃ庶民の庶民による庶民のための中心街(?)では浮いちゃいますよー。んでもって、主様が主様じゃないなら先輩も先輩じゃないわけで…っ」
「なっ…お前はまた…主様にそんな軽々しく…」
「構わないぞ、ガロット。」
 シャンの言い分に困惑するガロットに苦笑交じりに声をかけたのは彼らの主であるベルホルト。ばたばたと外に駆り出され、流されるままに連れてこられたものの、執事らの思惑を理解すると、柔らかな笑みを浮かべて二人を見る。
「私を楽しませてくれるのだろう?そのためなら多少譲歩しないでもない。」
 思わぬ言葉に目を丸くする先輩執事の横で、後輩執事はぱああっと満面に笑みを浮かべながらパチンと両手を叩きながら「流石ベルホルトさん!話がわっかるー!!」と調子よく声を上げていた。


「なんだか賑わっているな。」
「週末でもないのに…どういうことでしょうか…?」
 その日の中心街はいつも以上に人が多く、がやがやと賑わい合っている。それこそ、以前あったスリジアの祭ほどではないものの、活気がある。
 その様子を眺めながらこぼされた問い掛けに中心街で生まれ育った大男は無邪気に笑いながらメインストリートに出店している露天市を指しながら説明をする。
「今日は定期的に開かれる露天市の日なんですよ。お買い得デー的な。新鮮なものとかあったり、それから旅商人とががたまに来るから人気があるんすよ。」
 その説明を聞いて改めて周囲を見回すと、貴族街にはない活気ある音や声が響いている。やれ、何が安いよ。や、何が漁れたてだよ。と叫ぶ商人の声。
 走り回る子供の足音にひっきりなしに行き交う荷馬車の走る音。硬貨が交わされる音や何かを調理するような音と匂い。
― ぐきゅるるるる ―
「…シャン。」
「あ、あはは、あっ!そうそう、お二人に食べて欲しい軽食があるんすよ〜!!お二人共こっちっす!」
 盛大に響いた腹の虫の音に笑いながら腹を押さえ、シャンは二人を先導するように人ごみを歩き出した。
「…自分が食べたいだけのような気もしますが…。」
「はは、シャンの舌は信用に足るからいいじゃないか。」
 先に人ごみに埋もれてしまっていても見える他人より頭1.2個分高い位置にある赤頭を目で追いながら穏やかに二人は言葉を交わして、合流する頃には追い人の片手には恐らく先に購入してきた食料が入っている紙袋が抱えられていた。
「さ、どこか座れるところで食べましょっか?」

 三人は市場からさほど遠くないところにある噴水広場を訪れ、丁度大きな木が日差しを和らげていたベンチの下に腰を下ろした。影が木の真下に出来ている時間のこの場所は辺りにも数人、同じように休憩をしている人々が目に見える。
「はい、これどうぞ!中心街で人気の軽食で、チープな感じなんですけど意外と美味いんですよ!」 そう言ってシャンが二人に手渡したのは両手ほどの大きさの紙に包まれた丸い物と、簡易のコップに入ったフルーツの冷たい飲み物。それから小さな紙の袋に入った玉ねぎのフライだ。
 シャンが丸い方をひとつ包みを開けるとこんがりと表面を綺麗に焼かれてふっくらとしたパンに新鮮な葉野菜とトマト、厚切りのベーコンに溶けかかったチーズ、焼かれた卵が挟まっており、マヨネーズやケチャップ、粒マスタードが適量かけられているボリュームのあるサンドイッチのようなものがふわりとした香りとともに中から姿をあらわした。
「食べごたえも意外とあって、結構人気なんすよ。食べてみてください!」
 うきうきとしながら見てくるシャンに二人はぺりぺりっと紙の包装を剥いて中身を見る。動きを止めた二人にシャンは首をかしげて問いかけた。
「…どうしました?美味そうじゃないです?」
「いや…大きいな。」
「…口にどう見ても入るサイズでは…」
 ボリューム満点のその食べ物の厚みや量をみて動きを止めたのかと納得すると、シャンは「こうやって食べるんです」と、大口を開けて慣れたようにばくばくとそれを食べだした。
「…そうやって食べるものなのか?」
「むぐ…はい!ほら、周りの人もそうやって食べているでしょう?少々行儀は悪いんですけど、これはがっついて食べる食べ物なんすよ。」
 周囲を見ると、確かに同じものを食べる人は皆口を大きく開けて、美味しそうに手に持っているものを頬張っているのが確認できた。【そうやって食べるもの】と理解をすると、主より先に生真面目な執事がそれを慣れないながら控えめにかじりつく。
「はむ……んぐ?!」
 半端にかじりついたパンは中身をまばらに巻き込んでしまったのか、ベーコンだけがズルリと口を追うように引き抜かれる。ガロットが落としそうになった中身にくわえ直しながら慌てる様をシャンはけらけらと笑ってベルホルトに振り返った。
「食べるなら思い切り噛み付いてちぎったほうがいいっすよ?こうなりますから。」
「…ガロットが食べる前に言うべきじゃないのか?シャン。」
「ガロットさんは多分言っても一口目は控えめにしそうだなと思って黙ってました!」
 ……食べ終わった先輩執事の怒声が響いたのはそのすぐ後のことだった。

「全く、シャンのおかげで服を汚すところでした。」
「まあ、そう怒るな。シャンが言うとおり、大味ではあったが中々クセになるような美味しさだったな。」
「ベルホルトさんわかってるー!けど、ガロットさんソースも危なかったっすもんね?あと、オニオンフライ見事にオニオン引き抜きましたね!一口目で全部!!」
「シャン!」
「さーせん!!あ、ベルホルトさん!ガロットさん、あんまり見たことなさそうな店、ありましたよー。」
 昼の軽食を終えてたっぷり休憩をとると、再び三人は街中を散策し始めた。いつも歩く道より多少ボコボコとした石畳みを歩いていると、シャンがひとつの店の前で足を止めた。
 赤と緑の木造りの建物のその店は店頭に下げてある看板に『TOY』と可愛らしい文字で書かれていて、その名にふさわしく、まるでおもちゃのような扉を大男は押し開いた。
「おばちゃーん!お久しぶりー!!」
「あっら、シャン坊やじゃないかい。まーた大きくなっちゃって!」
「だはは、ここの入口ちっせーよ!」
 店に入るなり店番をしていた老婆と気兼ねなく話しかけているシャンの後を、ベルホルト、ガロットが追うようにして店の中に足を入れる。
 店内は外見よりも広々としていて、壁にある戸棚や中央にあるテーブルには大小さまざまな木製のおもちゃが所狭しと並んでいた。
「ここはわりとリーズナブルなおもちゃ屋さんで、よく近所の子なんかは親にねだっておもちゃ買ってもらってるんですよー?」
「おもちゃ…」
「はい!ベルホルトさんの周りではどちらかというとお人形さんやぬいぐるみ、模型なんかが多いでしょうから、あんまり見たことないかなと思って!」
「確かに…見かけないものばかりですね…」
「シャン、これは?」
「それは回して遊ぶものですよー」
「…なら此方はなんですか?」
「そっちは坂に置いたらこの動物が歩く仕掛けになってるんです。」
 見慣れないおもちゃの数々をベルホルトとガロットが少しずつ興味を持っているのを見ていると、シャンは先ほどの老婆に笑顔で手招きをされた。
「なんだい、今までと違う感じの連れだねえ。目立つの連れちゃって。」
 間柄を勘ぐるわけでもなく、ただ新しい友人を連れてきて分かりやすく浮かれている昔馴染みの子供を見守るような言葉にシャンは子供の頃から全く変わることのない照れ笑いをしながら老婆にこっそりと言い切った。
「あの二人は俺が大事にしてる人たちなんだ!」

「…これは積んでどうするのだ、ガロット。」
「…ちょっとしたタワーのようですが…オブジェですかね?」
 壁際にある一つのおもちゃを二人は首をかしげながら見ていた。それは小さな長方形の木のおもちゃを隙間なく、順番よくレンガを組み立てるように積み上げられたもので。積み上げられたそれも大きな直方体を縦にしたような形になっている。
 動くわけでも動かすわけでもなさそうなそれはなんだろうと二人で推測をしていると、背後から現れた大柄な執事はベルホルトの右肩と、ガロットの左肩を抱き寄せるように肩を組んで二人の間に割って入った。
「何を見てるんすか?」
「な、シャン!こら!重たいですよ!!」
「いや、これはどうやって遊ぶのだ?」
「あー、【バベルの塔】ですか?これはですね、複数人で遊ぶゲームで、この塔が崩れないようにバランスを取りながら木のパーツを一つずつ引き抜いていくってゲームのおもちゃです!」
こうやって引き抜いて、上に積み上げる。交互にやって、崩した人の負け。と、組んだ肩を離して説明をすると、興味深そうに見ている二人の視線に気付いてシャンはニカリと笑った。
「結構面白いんですよ?後でやってみましょうか?」
時間はまだたっぷりありますからと笑うと、大柄な執事は馴染みの店番に声をかけて木のおもちゃを購入しに行く。

その店から出た頃には心なしか熱い空気が和らいだような時間になっていた。
「シャン、そろそろ行きますよ?」
懐中時計で時刻を確認したガロットが口を開くと後輩の張りのいい声が了承をつげる。


まだまだ長い一日は終わりそうにも無いことだけが、二人の執事の表情から伺えた。










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補足。

『バベルの塔』=今でゆうジェンガです(._.)



ベルホルトさん(@lelexmif
ガロットさん(@irk_ssk
おかりしました!!



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みそ.




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