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X)染まる花




「あら…」

 アレキサンドラは扉を開け、訪れた人物を確認すると、思わず目を丸くした。
 いつもの姿と違う様子の知人の男の子。普段より背も数十センチ高く、凛々しい【男性】の姿。
(ああ…)
「カレ……ル?」
 (この子はどこまで近づいて来るのかしら)
 その姿と自信に満ちた笑顔に思わず、眩しそうに目を細める。
「ふふふ、どうかな?変化の魔法は苦手だから知り合いのエルフに教えて貰ったんだけど……これで少しは僕も男として見て貰えるかな?」
 するりと差し出されるいつもの贈り物。一本目からその鮮やかな花弁の色は変わってはいない。
「この花言葉の意味、サンドラは知ってる?」

― 一輪の薔薇 その意味は… ―

「………男として、見て…ね。いいわ、貴方がそういうのなら、私も1人の大人の男性として、貴方に接してあげる。」
 そう、カレルヘルムに告げると、アレキサンドラは彼にゆっくり近づき、差し出された花を相手の右手ごと両の手で支え取った。その手を彼女の左頬の横に持ってきて、意図して柔らかく艶のあるように微笑みながら唇を開く。

「カレル、私は『花言葉を知らない』わ。けれど、この花は私の好きな花なの。いつも枯れてしまう前に綺麗なバラをプレゼントしてくれて、ありがとう。」
 
 にこりと、咲くように
 作り物でも華やかに
 崩れてしまわないように

「その姿、とても素敵よ、カレルヘルム。将来が楽しみな子って思っていたけれど、当たりだったかしら?」
 彼女はそれだけを微笑んだまま伝えると、少し見上げるその顔を見つめて挨拶のように軽く頬にキスをし、相手の手からバラをするりと取ってしまいながら屋敷に逃げるように入っていった。


 その日の晩は、とある侯爵の主催する夜会があり、アレキサンドラ・ペルレもその華やかな会場を訪れていた。
 女性的な体のラインは男性が着るような堅いコートで覆い隠し、華やかな髪もその日はシンプルに、ひとつに束ねられている。
「レディ・ペルレ」
 フロアの壁際でシャンパンを飲んでいるアレキサンドラのもとに体格のいい、貴族の男が話しかけに来る。白に灰色のメッシュがいくつか入った髪を後ろに撫で付けて、その頭に集めの獣の耳を生やした男だ。
「ロード・ザフィーア。貴方も居らしていたんですね。」
「渋々な。それはそうと、お前、つけすぎていないか…?」
 渋い顔をする上流の貴族に彼女は不思議そうに首をかしげた。
「…と、いうより変わったな。前みたいな造花臭くない。同じトワレをずっと付けていたくせに。」
「トワレ…?いえ、最近は身につけてはおりませんが…。」
「何かは知らんが、獣にははっきり変化がわかる…多分お貴族様方がいらん詮索をかけてくるぞ。」
 面倒事は避けるお前が珍しいなと呟きながら男は手に持っていたシャンパンをぐっと飲み干した。
「【頑なに弱みを見せない成り上がりの女男爵がどんな心境の変化があったのか】というところか。」
 それだけを告げると、ザフィーア侯爵はその場を立ち去った。

「心境の、変化、ね……」
 侯爵に言われ、すぐに浮かぶ心当たりは昼にあった青年のこと。もっとも、香りが変わったといえば、彼から送られるバラの香りが染み付いていることしか浮かばないのだから原因といえば原因だろう。
(今のところ、また一輪と咲き続ける花が部屋に増えただけ。私は、もう、逃げてしまう癖がついてしまったようだし、本音は中々口にできない。甘えることなんてもっと、できない。) アレキサンドラはグラスを軽く揺らしながら、パチパチと弾けるシャンパンの炭酸を眺めて思わず苦笑した。
「諦める口実を取り上げられちゃったし…どうしようかしら…。とりあえず、逃げ道がある間は…貴方の花言葉も私の思いも、知らぬ顔ができる?」

 あの人はどう動くかしらと呟きながらゆっくりともたれていた壁から離れ、彼女はゆっくりと華やかな会場を後にした。





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カレルヘルム君(@irk_ssk)お借りいたしました!!









みそ












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