リベアム | ナノ
X)七本の萎びた花







初めてもらったプレゼントはと明け方の白んだ空を見上げながら思い出す。
たしか、母親の友人、高級娼婦のお姉さんから頂いた香水。「きっと貴女も母親と同じようにたくさんの男に抱かれるのだから、誰にも染められない自分の香りを持っていなさい。」と言いながら薔薇の香りのそれを手渡された。
それから、客の花買いに
 口紅
 ネックレス
 指輪
 ドレス
 …どれも数回つけては手放した。贈る側も承知の贈り物の末路。
 その頃からずっと愛用している香水を、最近はつけていない。つけていないはずなのに部屋の中にはその花の香りが満ちていた。
 空から視線を外してゆっくりと部屋に目をやると香りのもとを映す。
 自分でも忘れてしまうほど幾度も巡っている生まれた日に、出会いの期間に知り合った少年が屋敷に一輪、持ってきていた薔薇の花。儚いそれが散るのが惜しくて、得意な魔法の一つを使って花に命を与え続けていた。
「…それにしてもお店を知られても来てくれるとは思わなかったわね…」
 その日から度々、彼は屋敷を訪れ、その度に一輪ずつ、香りの元を送ってくれる。なんとなしに、初めに送られた時からずっと枯れないように咲かせ続けていたら、自室のベットサイドにある花瓶を立派に飾る花束になっていた。
 真紅の甘い香りは作られた香りをつけずとも私に馴染むように染み付いている。
その香りの中、そっと蝶の髪飾りを入れた箱をなでて、ベッドに入る。なんとなしに眠気が来るまで己の生きた道をぼんやりと思い浮かべてみた。


 真っ白く潔癖な色で汚れた貴族の世界に足を入れれば、その分人の目はつめたく冷淡になる。落として這い上がる仕組みのこの世界は想像していた通りのもので、けれど、私の自己満足の夢はしっかりと叶えることができた。

 娼婦たちにはどの花買いよりも愛情を注ぎ、彼女らが一人、また一人と巣立っていくのを見送る。ある者は客に買われて妻となり、ある者は自身で借金を全て返して夢を追う。
私のもつ全ての知を与えた花たちは皆、上流階級の女性並みに賢く、有能な花ばかりで、しっかり世でも根を張ることができている。
 けして、路地で捨てさせやしない。それが娼館をつくった理由。ペルレの家を買った理由。自己満足でしかないのは重々承知のこと。
 罵られ、軽蔑され、恨まれたとしても。
『場違いな雑草ね。はしたない。』
「もう少しだけ咲くのをお許し下さい、レディ。」(雑草なりに毒の土でも咲き誇ってみせる)
『体を売ることしか能のない女が我らと同じ舞台に立つつもりか。』
「まさか。私程度の力では精々皆様の手足となり泥をさらうことしか。」(誰より地盤を固めて)
『店とは、娼館のことだったのか…汚らしい。』
「申し訳ない、ロード。ひっそりと行いますゆえ、お見逃しください。」 (どんな蔑みにも耐えて)
『この地位も、全てどうせ体で手に入れたのだろう。』
「………。」 (この身一つで、一番望むものを)

【サンドラの髪が花みたいで綺麗だから、きっと蝶が似合うと思ったんだ。】
(…この身でもまだ咲くことができるのかしら。)
長い長い時はその分自信と不安が付きまとい、祭りの前日に夜会があったせいもあって私には幾度目かの迷いがでていた。
その時愚かにも、少年のこの言葉におもわず縋りそうになってしまって。…同時に、この道を選んだのがしられたら軽蔑されてしまうのだろうかと諦めに似た予想を浮かべて縋る手は引いたのだけれど。

「お久しぶり、サンドラ。これ受け取ってもらえるかな?」
 それから数日後。彼が屋敷に来たとき、思わず言葉を失った。何故だか【バレてしまった】と焦ってしまいながら。
「カ…レル?貴方何故ここに?」
 相手を見て硬直してしまっていた私に、悪戯を成功させたようなニンマリとした笑みで言葉は返された。
「あぁ、ごめんね突然で驚かせちゃったかな?」
 まっすぐな表情は取り繕わない。軽蔑の色はない。
 それにどれだけほっとしたことか……



白んだ空が恐らくカーテンの向こう側で青く輝く頃、漸く訪れた睡魔にゆっくりと目を閉じる。
 時折来るようになったバラの送り主。きっと大きな器をした彼はきっと自分が思っている以上に成し遂げる者だろう。研究者としても、人としても、男としても、楽しみな人物。
 その道を塞ぐような根の張りかたはしてはならないと弱った心に忠告をする。
 その目の意図を、その花の意味を自惚れではない気がするのはなんとなしに気づいていてしまっていても



「私のバラは七本でとどめて、萎れさせてしまうべきね…」



小さく呟いて自嘲すると、ゆっくりと意識を手放した










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七本の薔薇…ひそかな愛
萎れたバラ…儚い、束の間



カレルヘルム君(@irk_ssk)の流れをおかりしましたー!

恋愛をだいぶ昔に諦めた子が面倒くさい思考をしだして親が泣きそうです(白目)

……誰にも染められない自分の香り、がっつり染められていますね←





みそ




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