ホワイトデー前日。
行きつけのコンビニに行けば、壁から吊り下がる広告やイベントスペースが設けられていれば誰でも分かるだろう。バレンタインデーにチョコレートをもらった男性は「お返し」を贈らなければならないのだと。
そういうことに疎い一方通行も打ち止めと番外個体を引き連れてショッピングモールに足を運んでいた。面倒臭いというのが本心だが、バレンタインデー当日、彼女達が四苦八苦して手作りしていた様子を一から十まで見ていた身としては何も渡さないという選択肢はなかったのだ。

「プレゼント選ばせて渡すなんてさすが第一位、財力が違うね。ミサカ、あなたにこんな甲斐性があるとは思わなかったよ」
「オマエが煽ったンだろォが」
「そこらの野良犬に貢がせるのも楽しいんだけどさ。やっぱりあなたの嫌がる顔が一番なんだよねぇ」

それらしく物憂げに溜息を吐いている彼女を一目見ただけでは、中身がこのような言葉を躊躇いもなく発する娘だとは思いも寄らないだろう。そしてこういうときは受け流すに限ると決めている一方通行は、先を行く打ち止めが迷子にならないようにさっさと歩を進めていく。

「ねぇ、おねーたまには渡さないの?」

ブラッディバレンタイン事件と呼ぶに値するあの酔っ払い娘との一夜の翌日。起床して一番に逃げるように飛び出して行った少女は、頬を赤らめ、何やらブツブツと文句らしきことを呟きながらもお詫びとしてチョコレートを持って、改めて一方通行を訪ねてきた。そのチョコレートというのも、糖分控えめのコーヒー味で舌触りがよく、コーヒー愛飲者の一方通行には中毒になるくらいには美味な物だった。

「あれは、アイツが社交辞令で持ってきたモンだろォが。返す必要ねェだろ」
「だめだよ!お姉さまがせっかく持って来てくれたのに!ってミサカはミサカはドライなあなたに怒り心頭!」

いつの間にか、打ち止めが二人の足元で腰に手を当て癖毛を揺らしている。少女は、会う度に口論ばかりしている美琴と一方通行の仲を何とか取り持って、仲良くして欲しいと考えているらしい。

「だいたい世間では、社交辞令という名の義理チョコが横行しているんだよ!だからお返ししなくてもいいなんてことはないのだってミサカはミサカは一般論を説いてみる」
「それを社交辞令っつったら死ぬ男いンだろ」
「と、とにかくお姉さまへのお返しを選ぶのー!」

せっかく出口に向かっていたというのに、打ち止めに押されるようにして再び店内に戻る。美琴本人がいないため選ばせることもできない。
最適なのは、いつものカエルグッズでも適当に、と思ったが、美琴が相当なマニアであるため被るという理由で却下。打ち止めに好きそうな物を選べと言っても、渡す本人が選ばないと意味がないと言われ却下。番外個体は早々にどこかへ退避していた。

「じゃァどォしろってンだよ!あのガキの趣味なンざ分かってたまるか!」
「わわっ、急に怒鳴らないでってミサカミサカの耳がキーン!」

吹きさらしのショッピングモールに怒声がよく響く。とは言え、周囲の客は迷子になった少女を叱る心配性の父親だと思い込み、何の違和感も抱いていないどころか微笑ましいとさえ感じていた。人間の想像力とは偉大である。

「別にお姉さまの好きなものじゃなくてもいいのよ?例えばお菓子とかお花とか。すぐになくなる物なら邪魔じゃないよねってミサカはミサカはアドバイス。きっとお姉さまならあなたが選んだものだったら喜んでくれると思うな」

笑顔と合わせれば、学園都市最強は舌打ちをしつつ剥いていた牙を収める。

(クソ、面倒だな)

打ち止めでなければ、今に殴り倒してこの場から立ち去っていただろう。ショーウインドーに飾られているものは目の痛くなるほどチカチカと輝くチョコレートやらキャンディーやら。溜息も出したくなるものだった。
かくして、『ホワイトデーのお返し選び』という気恥ずかしく、かつ難しい打ち止めからの課題を終えて帰宅する。明日の準備は整っている。
「いつ渡すのか」と打ち止めが焦れた様子だったが、明日渡すと応えるとすっかり満足したようだ。一方通行の身にもようやく平穏が訪れて、姉妹二人の喧騒の中、重たい瞼を下ろした。

そして来るホワイトデー当日。

「それで、どうしてケンカしてるのってミサカはミサカは怒りを通り越して呆れてみたり」

長いワイシャツの袖で寝惚け眼を擦り、リビングのソファーに座る一方通行の姿を捉える。近所迷惑よろしく(完全防音なので同居人に対してのみ被害)、朝一番からケータイに向かって吼えているらしい。相手は誰と聞かずとも予想はつく。
良くも悪くも、この都市のトップである彼と口論できる相手はそれほど多くないのだ。

「あァ!?ンなの知るか」
『知るかって……アンタが贈りつけたモンじゃない!責任取りなさいよ!!』
「気に入らねェなら全部棄てとけよ、面倒くせェ。朝っぱらからギャンギャン喚くな」
『棄てれるわけないでしょ!大体気に入らないなんて言ってないし……』
「あ?何ボソボソ言ってやがる」
『な、何でもないわよ!!それより、』
「あ、あー!お姉さま久しぶり!ってミサカはミサカは一方通行から電話をもぎ取ってみる!」

せっかくのお返しで仲良くなろう作戦が泡に帰しては困る。打ち止めは一方通行の膝の上に飛び乗り、ケータイを奪い取った。
電話の向こうからの美琴の口調は普段通りだが、何やら戸惑っている雰囲気が伝わってくる。一方通行がそれほど趣味の悪い物を送りつけたのかーーと、推測していると打ち止めの頭上に背後からチョップが落とされた。

『そうじゃないんだけどね。すごく美味しそうなチョコレートとかクッキーとか、それも有名なブランドの』
「えっ、それなら……」
『うん、そこまではいいのよ……だけど、部屋いっぱいになるほどの量って何!?』

送られてきたメールに添付されている画像いっぱいに、スーパーに用意されているダンボールではなく、赤や黒、白の地にゴールドのラインがかかった豪奢な箱の数々が映し出されていて、それが天井高く積まれていた。
何を選ぶべきか悩んだ末に出した一方通行の答えがそれだった。
悩むくらいならば、全部贈りつけてしまえ。
世界を何度となく救ってきた、どこかの無能力者のヒーローでも、驚いて卒倒しそうな大胆さである。そして、その張本人は「何でも喜ぶっつっただろォが」とでも言いたげに不機嫌そのもので、とうとう雑誌を開き始めてしまっていた。

「え、えと、お姉さま?」
『ん?あぁ、打ち止めを責めてるわけじゃないのよ?常識外れのどっかの第一位さんに一言申したいだけでーー』
「そうじゃなくて、お姉さま、迷惑だったのかなってミサカはミサカは心配してみたり」
『……迷惑、じゃない』

その瞬間に一方通行の耳元に電話を充てがった。怪訝な表情で文句の一つでも口にしようとする彼に人差し指で静かに、の合図。

『むしろーーうれしい』

鼓膜を突き破らんばかりのそれではない、柔らかい声音に一方通行はひゅっ、と息を呑む。

『ホワイトデーの日ってさ、毎年憂鬱なの。チョコもらって返す日でしょ?常盤台の先輩後輩、あと他校の子とか。みんな御坂様御坂先輩って……ちょっと疲れちゃうのよ。でも、アイツの腹たつくらいムカつく顔思い出したら何か楽になって安心して、何かそれが嬉しくて。変よね』

超能力者にはどのような形であろうと、他人から距離を置かれ、疎外されることがあるのだろう。一方通行もその経験は嫌というほど味わった。だからこそ、他の人間にそれを経験させたくないという思いがある。
くすくすと溢れる小さい笑い声が耳にこそばゆくて、つい、憎まれ口を叩いてしまった。

「あァ、俺もオマエのアホくせェツラ思い出したら気ィ晴れてきたなァ」
『え、な、何で、あんた……ちょ、ちょっと今の聞いてなかったでしょうね!?』
「ハッ、聞いてなかったことにしてやる。下位の戯言なンざどォだっていい」
『はあああああああ!?ムカつく!!そのスカした口調くそ腹立つ!!!!』
「お嬢様らしさの欠片もねェ、清々しい罵倒だことで」

振り出しに戻った気がしないでもないが、どことなく一方通行が楽しそうに見えるのでこれで良かったのだろう。打ち止めは、一仕事終えたかのように大きく息を吐いてーー。

(ミサカもあんなふうにあなたと思いっきりケンカしてみたいなぁってミサカはミサカはちょっぴりお姉さまが羨ましかったり)





ひとつまみのシュガー


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