如何に科学が『外』と何十年もの差が存在するとしても、彼ら学生が「自分だけの現実」を能力の発動源として利用していても、その世界は人間の住む場所であり、学生は学生なのである。つまるところ、彼らの抱く不安や悩みといったものは『外』と大差はない。自分の能力や勉強、成績のこと、将来のこと、友人、先輩後輩関係、etc。
この場所、近代的な学園都市には古い趣を残す場所もあるらしい。日本の古き良き時代の雰囲気を醸し出す銭湯の一角を陣取る彼女らの悩みは共通して恋愛関係だった。軽重は在れども。

「この間もとうまったら女の子の神聖な着替えを覗いておきながら、何の反応もなかったんだよ!そんなに『きょにゅー』が好きなのかな!とうまは!」
「あー、アイツにそっちの反応期待するだけムダよ」

湯から身を乗り出す勢いで捲し立てるインデックスと、それにひらひらと手のひらを下に向けて呆れた様子で応える美琴、そして真剣に分析する初春の三人はつい先程この店の前で偶然にして出会ったばかりだった。後輩に代わってボディガードを務めていた美琴と巡回役の初春が、ハンバーガーショップの店頭で項垂れる奇妙なシスターを保護した、という説明が客観的に見ると正しいだろう。

「うーん……やっぱり、男の人って、……その、おおきい方が、いいんでしょうかね?御坂さん」
「いや、そう言われても……」

美琴とて恋愛経験が多いわけではない。一方的に想いを寄せられることはあっても、一緒に街に出掛ける程度であって、それ以上先に進んだ経験はほぼ皆無だ。しかし、美琴を頼りになる先輩若しくは「お姉さん」として憧れている初春はそれなりに経験があると踏んだらしい。瞳をキラキラと輝かせて美琴に期待を込めた視線を向けている。

「あー……えぇっと、垣根なら気にしないんじゃない?」
「み、みみみ御坂さん!誰も垣根さんのタイプなんて聞いてませんよ!私は、一般的な男の人のことを聞いただけなんです!」
「ご、ごめん」
「それに垣根さんは十中八九、大きい方が好きですよ。だって私のこと『お子様体型なちんちくりん』って言って憚らないですから」

むす、と初春にしては珍しく怒りを露わにして不機嫌を体現している。

(まぁた垣根は初春さんに余計なこと言ったのか。ケンカの多い二人よね)

今日は風紀委員の仕事は休みだというのに、支部に赴いてきたのはそういうことだったのだ。なお、このことを美琴が声に出していたら間違いなく反論が返ってきていたことだろう。なぜなら、美琴と件の少年の口論の回数は前者二組の少女少年のそれの比ではないからだ。

「ねぇ、あの白い人はどうなのかな。みこと」
「……え?」
「だーかーらー、あくせられーたのことなんだよ。男の人の一般論を知る為にも情報の独占は良くないんだよ」
「さあ?何せアイツ、ロリコンだから牛か絶壁がお好みなんじゃない?中途半端が一番……って何でもないわ」

どうせ私は、などと悪態をつこうとして言い留まる。彼が、一方通行が、どんな嗜好だろうと自分には関係ないはずだ。インデックスや初春とは違って、彼とはそういった甘く柔らかい関係ではない。
だから何だというのだ、と美琴は内心で憤る。同じ加害者で、結果的には共犯者。実験が凍結して彼の守るものが何たるかを知ったところで、互いに顔を合わせ戦場に共に立つことになったところで何も変わりはしない。はずなのだが、必要以上に彼の動向を気にしている節があると美琴は自身でも気付いていた。

(きっと最近、平和だから気が緩んでるのね。引き締めなきゃ)

と、決意を固めている間にも少女達のガールズトークは弾んでいた。こと恋愛話になると、女性という生き物は予想以上の行動力や会話力を発揮したりするものなのである。

「シスターさんは物知りだって聞きましたけど、えっと、そういう方法はないんですか?……その、むね、を大きくするとか、スタイルをよくするとか」
「他人に化ける、なんてことは意外と簡単なんだけどね。こういうことはキミたちの方が得意分野だと思うんだけどどうなのかな」
「今のところ、画期的な方法はないみたいです。残念なことに」
「「うーん……」」

それぞれ、「ないすばでぃになって、とうまを見返してやるんだから!」とか、「垣根さんに女の子として見てもらえるようになるんです」と考える二人は真剣そのもの。後輩と年下と思しき少女の乙女らしい可愛さとほのぼのとした雰囲気に包まれて、美琴はゆるりと頬を緩める。
そして、そんな彼女達の恋愛についてほんの少しくらいならば詮索しても許されるだろうと内緒話でもするように身を寄せた。

「ね、初春さんって垣根とどんな話するの?正直、アイツが普通の話してるのなんて想像できないんだけど」
「意外とお話してくれますよー。この間も美味しいプリンのお店を教えてくれましたし、あ、あと余り物だってケーキもらってきてくれたんです」
「けーき!?むむむ、羨ましいんだよー」
「でもアイツだってケーキとまではいかなくてもプリンなら買ってくるでしょ?」
「うん。あとね、たまに作ってくれたりもするんだよ!とうまはお金ないっていうけど、とうまのお料理が一番かも」
「大切にされてるんですね。羨ましいです」
「うん、とうまは優しいんだよ。それにあなたもきっと同じだと思うんだよ。お菓子に興味ある男の人って少ないだろうから」
「そ、そうですかね……えへへ」

自分の誇りであるかのように上条のことを自慢げに語るインデックスを羨む感情はあっても、嫉妬のそれを抱かずに微笑む余裕さえあることに美琴は安堵していた。
だからかもしれない。今が二度とない絶好の逃亡のチャンスであったということに彼女は気付かなかった。

「それで、みことはどうなのかな」
「どうって、何が?」
「気になってる人とか、いないんですか?」

詮索してやろうと対象にしていた少女達が二人して詰め寄ってきて、後退りながらたじろぐ。しまった、と思えど既に時遅し。
佐天達と仲を深めていく中で美琴は学んだはずだった。ガールズトーク、特に「恋バナ」の場合、その場にいる者は例外なく近況報告じみたことをしなければならないのだ。誰が気になるだとか、カッコイイだとか、告白したとか、そんなことを。

「え、っと……まぁ、最近はないかなー……だって、ほら。海外行ってて忙しかったし?アンタんとこも留守してたでしょ?」
「そんなのは!関係ないんだよ!恋は忙しかろうと始まるときは始まるんだよ!」

恐らく彼女が夕飯時に観ているだろうドラマの影響を受けたようなセリフでもってインデックスは力説する。そこにそういえば、と初春が何気なく独り言のようにぽつりと呟いた。

「さっきの一方通行さん、でしたっけ。最近よく御坂さん、一緒にいますよね」
「う、初春さ……ああ」

好奇心に満ちた碧色の瞳がギラリと獲物を見つけたかのごとく輝くのを美琴は横目で捉えた。

「それでそれで、みこととあくせられーたはどんな関係なのかな!」
「関係、ねぇ……。ロマンティックなものではないことは確かね。腐れ縁みたいなものかしら」
「でも気になってるってことも確かですよね?だって白井さん情報によると御坂さん、下着を新調したって聞きましたし」
「っ!!な、なななん、」
「女の子が下着を気にし始めたら恋の始まりなんですよ」

恋愛話をはじめ、様々な噂話を好む佐天から聞いたのだろう説がズバリ当たったことに、心の中で得意げに(ほんの申し訳ほどある)胸を張る初春。現に美琴は、以前から後輩に言われたことを気にかけてキャラものでない下着を何着か購入していた。

「ふむふむ、お似合いだと思うんだよ」
「だっ、そ、それは……!」
「ですよね。町中で見かけても通りすがりの人の大抵が振り返って御坂さん達を見るくらいですから、それはもう、」
「だから、違うのよ!!」

突如として声を荒らげ、バスタオルで身体の殆どを隠すようにして立ち上がった美琴をインデックスと初春は、無垢な表情を浮かべつつ首を傾げて見上げる。

「アイツに対しては、そういう、恋?なんて甘ったるい感情なんか持ってなくて、むしろ何ていうか……苛つくっていうか、憎いっていうか、そんな感じで!でも、あの子達を守ってるって知ってからは……うん、少しずつ微妙になってったかな。でもでも!油断してた時に攻撃一つ凌いでくれただけで許そうなんて思ってないわよ!ましてやちょっと嬉しかった、なん、て、…………あれ?」

何の話をしていたのだろう、そして自分は今、何を口走ったのだろう。一度立ち止まって整理しようとしても、声に出してしまったことは二人にしっかりと伝わっていたし、時間ももちろん戻ることはない。

「ふぅん、みことはやっぱり素直じゃないんだよ。好きなら好きって言えばいいのに」
「……一応確認してみるけど、誰が誰を好きだって?」
「みことがあくせら、」
「ハッ、ないない、ありえないわ。……あんなやつ……嫌いよ」

最初こそ抱いていた憎悪が変化しつつあるという事実など認めたくはなかった。その変化を捨て置いて忘却を恐れ、そして罪を背負うことこそ自分の存在意義である。
自分の中の小さな変化など。少女たちの見えないところでぐっと拳を握る。

「とにかく、そういうことよ。私は、一方通行のことなんて気にもかけてない、これでいいわね」

美琴は、この話しはお終いとでも言うように締め括り、風呂から上がろうとする。半分ほどがタオルで覆われた湯水の伝う背中は傷一つなく艶かしく、かつ凛としていてそれ以上の追及を拒絶していた。
しかし、インデックスと初春はあえて「空気を読まずに」アイコンタクトを交わし、美琴に二人して飛び付いた。初春は風紀委員で鍛えた「犯人の取り押さえ方」を駆使して彼女を羽交い締めにし、インデックスは両指を妖しげに動かしながら構える。

「なな、なにっ……」
「ふふふ、己の御心に従わない悪い仔羊にはちょっとした罰が必要なんだよ!」
「さあ御坂さん。御坂さんがもっと自信を持てるおまじないをシスターさんが……これはまさかシンデレラ!?シスターさんは実は魔法使いさんなんですか!」
「あ、あながち間違ってない気もするけど初春さん!この子は主に大食いシスターだから!!あっ……ちょ、インデックスどこ触って、」

暫し、とある銭湯の女湯に似つかわしくない、少しばかりの「アレ」な声が響き、騒々しい嵐が巻き起こったとは露知らず。殿方は殿方で何やら小さな騒動を起こしていたのだが、それはまた別の話である。





とある少女たちの恋愛談義


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