ーーとある進学高校の廊下にて。
テストでは通称「落ちこぼれ」組に属する上条は、例のごとく担任に叱られとぼとぼと教室への帰路に着いていた。
中の上程度の体格に、お世辞にも「整っている」とは言い難い顔つきを総合すると、どこにでもいそうな高校生である。

彼は元よりあまり勉強が得意ではなかった。中学の頃はまだ複雑な何たら方程式だの古文の助動詞だのがなかったため、平均並の成績が取れていて後は面接でカバーして何とかこの学校に入学できた。だが、高校ではそうはいかない。

バザバサッという音と共に前方で女子生徒が倒れていたので、それに手を貸しつつ再び職員室へ向かう。彼女は、数学係でクラス分の課題を提出しに行くところだと言う。この間、彼女の頬がほんのり赤く色付いていたことに上条は気付かなかった。

「次からは気を付けてな」

と、手を振り去ろうとする上条に、彼女は礼として数学を教えたいと言ってきた。職員室に行く道すがら数学が苦手だと言ったことを気にかけてくれているならば、その心遣いを無駄にする彼ではない。じゃあお願いしようかと、口を開きかけて、その言葉は第三者の妨害によって告がれることはなかった。

「遅ェンだよ、バ上条」

上条を「落ちこぼれ」ではなく「バカ」と呼ぶのは彼の他にも数多いるが、この特徴的なドスの利いた声の主は上条の知る中では一人しかいない。
一方通行。上条とは何から何まで真逆で、学園、否、全国トップの頭脳明晰さ、それに加えて端整な顔をした白髪赤眼の色白の少年である。それ故に常に不機嫌を顔に貼り付けているのが惜しまれる。

「あれ?今日って何かあったっけ?」
「成績がビックリするほど残念なバ上条くンに『学園トップの美少女、御坂美琴センセーのスパルタ特別授業☆』だとよォ。テメェのせいで俺がこンな面倒な役回りさせられてンだよ。さっさと来やがれ」
「うぅ……またか……。っていうわけで、ごめんな。また今度!」

少女が控え目に会釈していくのを横目に一方通行は溜め息を吐いた。幼馴染みの贔屓目を抜きにしても、上条は世間で言う「イケメン」ではないにもかかわらず、三歩歩けば犬も棒に当たる、ではなく逆ナンされる。そして警戒心もなく考えなしにホイホイと着いていくのだから面倒だ。
一方通行のように相手の下心を見抜いて遊ぶつもりならば何も言うことは無いのだが。
しかし、自覚しているという面では自分の方が罪なのかもしれない。横で項垂れている、こういうことには何かと鋭い幼馴染みに悟られぬように一方通行は自嘲した。



* * * * * * 




いつものファミリーレストランでは、既に少女二人が各々の意味でぷくっ、と頬を膨らませて待っていた。

「おっそーい!美少女二人をこんなに待たせるなんて罰金よ罰金!」

癖っ毛のある茶髪を揺らして憤慨しているのは御坂美琴、その隣でパフェに舌鼓を打っているのがインデックスだ。彼女も一方通行と同じく日本人離れした銀髪碧眼の美少女であった。

「とうまのことだからまた女の子掴まえてたんだよ、きっと」
「い、いや、今回はその!困ってる人がいたので、まぁ……何というか……申し訳ありませんでしたあぁぁ!」
「よろしい。さって、さっさと始めちゃうわよー」

合計六つの眼に睨まれては言い訳をする余裕もない(内、四つは殺気込みである)。
この四人は生まれた時からではなくとも、幼い頃から一緒に過ごしてきた。まるで正極と負極のようにタイプが異なるが、バランスの取れた四人で小学生の頃からこれまで、春も夏も秋も冬も何度も繰り返して同じ季節を見てきた。

「はい、これ因数分解して。あ、こんなの暗算でできて当たり前よ」
「……3x+2?」
「ぶー。答えは3xの2乗なんだよ」
「授業中スパムのエロ画像なンざに魅入ってるからンなことになンだよ」
「あ、あれは土御門が送ってきたから偶然開いちゃって!いや、違いますからね!?お願い引かないでインデックスさん御坂さん」

汚物でも見るような侮蔑の視線に晒されつつ、半ば泣きそうになりながらも美琴に教えられて課題に取り組んでいく。
美琴は期末試験の順位は一方通行に次ぐ二位だが、教え方はトップだと上条は思う。以前、一方通行に教えてもらったときはそれはもう酷かった。彼にとっては科学や言語は、理解するものではなく感覚で捉えてしまうものなのだ。天才とはこういう人を言うのだと実感した瞬間であった。

「……うん、さっきよりマシになってきた。アンタにしては良いカンジよ、頑張ったじゃない」
「いやいや、美琴センセーのおかげですことよ。本当助かってる」
「べっ、別に大したことじゃ……そう、アンタだけ留年なんて可哀想だし!その、私でいいなら、いつでも見てあげるわよ」
「ありがとな、御坂」
「い、いいから続き!」

美琴の髪を撫でる上条と、子供扱いするなと照れ隠しに鬱陶しがる美琴の姿は微笑ましかった。インデックスもそれをニコニコと笑みを浮かべて見ていたし、一方通行は変わらずの無愛想だが、これはいつものことだ。

「回数。増えてるんだよ、あくせられーた」

普段はふわふわとした柔らかい笑顔で周囲を和ませているインデックスは、最近美琴に感化されてきたのか、碧眼を三日月型にしてにたりと笑うことを覚えたようだ。苛立つとコーヒーを何回も煽る癖を始め、何かと少女に弱味を知られている一方通行にとっては、よろしくない兆候だ。

「オマエも口引き攣ってンぞ」
「むぅ、どうしてそーゆーこと言うのかな。するーしてくれればいいんだよ!とうまは、そうしてくれるんだよ!」
「アイツは良いパスも悪いパスも全部スルーしてるがなァ」
「そうなんだよ!最近も一緒に映画に行ったときにねーー」

一般に結論に直結した会話を好む男は、女の過程ばかりで結論の見えない話が苦手だといわれているが、一方通行はこうしてインデックスや美琴の何気ない話を聞いていることが嫌いではなかった。
学校で呼び出してくる女子生徒の語尾の長ったらしい話し方は苦手だし、耳をつんざく黄色い声で華やかな話をされるのは嫌いだ。特別な存在である少女達だからこそ、耳障りでないのだろう。

「あくせられーたは、みこととどっか行かないの?」
「コンビニ行くとき着いてくるぐらいだな。オマエらみたく約束取り付けてってのはねェ」
「どうして?みことも喜ぶと思うんだよ」
「ケンカして帰って来ンのがオチだろ」
「そうかな」
「そォだよ」

インデックスはむむむ、と考え込んで黙ってしまった。おっとりした彼女には分からないのだろう。美琴が誰を想い、想われたいと思っているのか。その誰かが誰を想っているのか。
幼い頃から鋭かった一方通行は、いち早くそれに気付いた。それから年齢を重ねる毎に、糸がさらに複雑に絡まっていくのを幾度となく感じた。自分が動けば全てを切ってしまいそうで動けない。思考がどこまでも深く埋没しつつあったところ、インデックスが突然ケータイを持って立ち上がった。

「みんなで行くんだよ!!これに!」

ずい、と小さな手が突き出すケータイのディスプレイに三人が注目する。そこには目が痛くなりそうなほどカラフルな広告画面が。

「みこと!新しい服たくさん買いたいって言ってたよね!?」
「うん、まぁ……」
「とうま!新しいじゃーじーほしいって言ってたよね!?」
「あぁ、まぁ……」
「あくせられーた!新しい、なんだっけ……あれ!あれほしいって言ってたよね!?言ってたんだよ!うん!」
「押し付けられた感がしないでもねェが……まァいいか」

インデックスの中には既に完璧なフローチャートが出来上がっていた。いわば、「夏休みのみこととあくせられーたの買い物計画byいんでっくす」である。

「そのためにも、とうまには頑張ってもらわなきゃなんだよ!今からはみこと交代、わたしが出るんだよ!」
「な、何だか嫌な予感が……」

上条はそのとき、RPGでラスボス倒したと思ったら、実は次がラスボスだったという展開が頭を過って、つまり「完徹」の文字が点滅していた。



初夏のプレリュード


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