少女の恋は叶うことなく泡と消えた。
誰からともなく一方通行は、それを耳にした。情報源など其処ら中にいくらでも転がっているのだから不思議はない。彼女は一方通行から見ても、件の少年に強く惹かれていた。彼女の行動をはじめ、『自分だけの現実』の中心でさえもあったのだろうと思う。
それを喪ったあの娘はどうしているのか。そう考えたのは単なる気紛れに過ぎなかった。
気付けば居場所も分からないのに、彼は賑やかな街の方へと歩みを進めていた。そして偶然にも、程無くして目的の少女の姿は見付かった。そのそばにあまり好ましくない男の姿もおまけとして付いていたが。

「あれ、あんた一人?」

特に落ち込んでいる様子は見られず、いつもの美琴であることに密かに一息つく。
一方通行が声を掛けるまでもなく、美琴は仔犬のように人懐こく彼の方へ駆け寄ってきた。打ち止めと同じ造形の彼女に慕われるのは悪い気はしない。が、彼女が一方通行の顔を見るより先に足元をちらちらと窺っているのは何故だか癇に障った。

「一人じゃ悪ィか、あァ?」
「何でデフォで喧嘩腰なのよあんた。打ち止めは一緒じゃないのかなって思っただけでしょ」
「ンなに顔見てェなら来ればイイだろォが」
「そうしたいんだけど……ま、いろいろ忙しいのよ。んじゃあね、今デート中だから。打ち止めによろしくー」
「……ハァ?オイ、待て」

何やら聞き捨てならない言葉を聞いたような気がする。その気にかかる部分を放っておいてそういうものか、と心の隅に捨て置けるならば学園都市の第一位として君臨してはいないだろう。
そうして数分後、一方通行は美琴とその連れと共に古めかしい喫茶店にいた。学生の需要に応えてファーストフード店やファミリーレストランが多い中で、こういった喫茶店は少ない方だろう。ほの暗いムードある雰囲気が女学生に人気であったりするのだが、一方通行は暗さに紛れれば美琴の隣の男を排除できるかもしれない、などと不穏なことを考えていた。

「あ、あーケーキ美味しそう!ね、ねぇ、何か頼まない?一方通行も、海原……さんも」

普段は「海原」と呼んでいる彼女が敬称を付け加えたのは、一方通行に般若のような顔で睨まれたからだ。結局、一方通行はウィンナーコーヒーを、海原はアメリカンコーヒー、美琴はケーキセットを注文した。
一方通行は、外出して目の前の少女の様子を知りたかっただけだ。それなのに、なぜ喫茶店で呑気にコーヒーなどを頼んで、しかも気に食わない男と卓を囲んでいるのか。

「久しぶりだなァ、海原」
「ええ。何ヵ月ぶりでしょうか、お元気そうで何よりです一方通行さん」

一人きょとん、としている美琴を置き去りにして二人の滑らかな会話は進む。

「あァ、懐かしいなァ……そろそろ甘ったるいだけの平穏な日常にも刺激的なスパイスが必要なンじゃねェかと思うが、オマエはどう思う?」
「いえ、自分は今のままで充分です。辛いものは苦手ですし、あなたには関係のないことでしょう」

関係ない筈はない、と一方通行は考えていた。しかし第三者は、第一位と三位の間に因縁があること、その因縁には血生臭い実験が絡んでいることなど知りもしないだろう。

「あなたが彼女の妹達を保護していることは知っています。しかし、あなたの定めた枠の中には当てはまらないのでは?」

大抵のことには動じないはずの心臓がどきりと跳ねた。
『枠』。それは一方通行が自ずと決めていた、守るか守らないかの境界線でもある。それには当然、打ち止めをはじめ妹達、そして遺伝子上の母である美鈴も含まれる。しかし美琴はどうか。どういった経緯があっても、彼女の起こした行動が悲劇の始まりであることは疑いようのない事実だ。

妹達と美琴とを同じと見るのは、間違っているのではーー。

海原は、実験のことを知った上でそう告げているのだろう。そして、言外に『彼女を守る資格はお前にはない』と言っているのだ。今まで美琴の存在を枠に入れるか保留にしていることを見抜いた笑顔は、一方通行に銃口を突き付けた。早く殺せと言わんばかりに。



* * * * * * *



「ねぇ、枠とか何とか何の話よ?」

何も知らない美琴は、ミルクティーをストローで掻き混ぜながら子供のように無邪気に問う。海原はと言えば、どうやら妹分から電話がかかってきたようで席を外している。

「……なァ」
「何よー、辛気臭い顔しちゃって。あ、もしかしてケーキ食べたかったの?一口ならあげるけど」
「……」

この少女は、一方通行の内にある鬩ぎ合いを知る由もなくケーキにご満悦らしい。上機嫌でフォークを差し出してくる、その姿と表情が打ち止めによく似ていた。

「オマエ、あンなのがタイプだったのか」
「あんなのって……海原のこと?別にタイプとかじゃないけど?」
「はァ?だったら何でデートだとかふざけたこと抜かしたンだよ」
「アイツ友達からって言ったし、それならいいかなって。私もいろいろあって落ち込んでたときに優しくしてくれたから。良いやつなのよ?あんたの好きそうなタイプじゃないけど、優しいしちゃんと気遣ってくれるし」

その言葉を聞いて、打ち止め達の話を思い出した。およそ一方通行の興味の全くの範囲外の『好きな男性のタイプ』について楽しそうに話していた。そのとき、彼女達は付け加える要素は幾つかあったものの口を揃えて『優しい男の人がいい』と言っていた。確かその時は、急に番外個体に話を振られて馬鹿馬鹿しいと答えた。その話題が馬鹿馬鹿しいと思ったのではない。問題はその内容だ。

「くっだらねェ」
「そりゃあ、あんたには恋愛なんか、」
「優しいとか、そンなンが下らねェっつってンだよ。当然のことだろォが、好きな女に優しくするなンつーのは」

馬鹿馬鹿しい、下らないことのはずだった。しかし彼女の顔が海原のことを思って、少しはにかんで穏やかなことが胸の辺りを掻き毟りたくなるほど不快だった。

「あ、アイツは……海原はそういう人じゃないわよ」
「だから、それが騙されてンだよ。そンくらい分かれクソが」

後々、一方通行が後悔したのは苛立ちの余り、美琴自身を一度も見なかったことだ。

「それでも、ウソだって構わない」

だから、美琴が俯いて肩を震わせていることに、その凛としたよく通る声が震えていることに気付くこともなかった。

「……アイツの代わりになる男なら誰だって良かった……だって、泣ける場所なんてどこにもなかったんだから……!」

今まで抑えてきて一気に溢れてしまった感情を掬うように、美琴は懸命に俯いたまま涙を拭おうとしていた。
その姿は、妹達の誰とも重なることがなかった。無邪気さとは違う、代わりの男を利用して寂しさを埋めようという狡猾さとその真逆の、その男と付き合ってさえも忘れられない真っ直ぐ過ぎた想い。そしてその狭間で動けない孤独な少女。

「何よっ……いつもみたいにバカだっ、て……」

一方通行が手を伸ばしていたのは、ほとんど無意識だった。触れるには壊してしまいそうで、しかし放ってなどおけなくて。触れるか触れないかの距離で頬をすう、と撫でる。

「……誰でもいいってンなら、」

『ーーあなたの定めた枠の中には当てはまらないのでは?』

もう一足、美琴の中に踏み込んでやろうとするとその言葉に、一方通行は躊躇してしまう。
ただ単純に、打ち止めに似た顔をしたこの少女が泣いている姿が見たくないだけではないのか。それだけの理由で深く関わるならば、いつか少女を今以上に傷付けるだろう。

「好きな女性に優しくするのが当然だと言うならば、あなたはよほど御坂さんを嫌っているのですね。何しろこんなところで泣かせてしまうのですから」

やはりいつも通りの笑顔の海原は、皮肉を込めたと言うよりも、一方通行に羨望の念を抱いているように、そしてそれは手の届かないものでも見つめるように、どこか寂しそうだった。
美琴は、慌てて服の袖で目許を拭う。

「あ、違うのよ!これは私が勝手に……」
「いえ、御坂さんが許せても自分が許せないのです。自分は『彼』には御坂さんを守るよう頼みましたが、あなたに頼んだ覚えはありません」
「泣かせてもやれねェ小僧が一人前に吠えてンじゃねェよ」

そのあと店内の冷房機能以上に冷めている二人の空気に耐えかねた美琴が、レシートを引っ付かんで海原の背を押すようにして出て行ったことでその場は幕を下ろした(レシートは最終的に一方通行が奪い返した)。彼らが視界から消えて改めて思うことは、どうしてこれほどにも腹立たしいのかということだった。
美琴が、一方通行自身の中にある彼女のイメージにそぐわない不浄な交際をしていたから?それとも自分の心境を言い当てられたから?

(違ェ、こンなのはきっかけの一つに過ぎねェ。もっと、この先にあるーー)

「L・O・V・E、ラブってことじゃないのかにゃーん?」

そこはかとなく人を小馬鹿にしたような口調は聞き慣れていた。ただ問題なのは、なぜ彼女が、番外個体がここにいるかということだ。

「そりゃあ、ニート予備軍の第一位が用もなく外出なんて慣れないマネするからさ、これは何か面白いネタあるんじゃないかって着いてきちゃった。そしたら、まさかの恋愛ネタ?いいねぇ、ミサカそういうの好きだよ、三角関係っての?」
「……アイツに対してそォいうのは抱いてねェよ」
「略奪愛?いいじゃん、第一位らしくて。おねーたまの相手の男も手強そうだしねぇ。さっさとヤって既成事実作っちゃってさ、」

彼女のよく回る口に付き合っていたら、それこそ日が暮れてしまう。それに公衆の場に彼女の卑猥な言葉を流し続けることは一般の学生にとって教育上、あまりよろしくないだろう。一方通行は、残りのコーヒーを飲み干してしまって支払いを済ませようと席を立った。

「ねぇ。ミサカ、断言してもいいよ。あなたはおねーたまに惚れてる、間違いなく。その気持ちが誰を悲しませるかなんてミサカには分からないけど」

恋だの愛だの自分には程遠く、縁のない話だ。一方通行は番外個体の言葉に何を返すこともなく店を出た。
美琴に対する、この訳のわからない感情も、じくじくと痛む胸の奥の痛みも、帰って打ち止め達の騒がしさの中に紛れてしまえば消えるだろう。少女が笑っているのを見れば。逸る感情と同じように地を突く杖の音は、普段より少しだけ早く鳴っていた。








檻の外の仔山羊


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121028
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