ピンポーン、と軽快な音に続いて足音がやって来る。次いでガチャ、とドアが軋みながら開いた。

「よお、御坂。まぁ上がってくれ」
「ありがと。おじゃましまーす」

美琴が初めてここに来たのは大分前で、その時は目の前の少年しか見えていなくて物の配置やにおいには気付かなかったものが今はお馴染みのものだ。そして、この少女も。

「みことー!」

部屋の奥からとたとたと修道服を揺らしながらやって来たのは、インデックスだ。

「いらっしゃいなんだよ!」

胸に猫を抱えて来て、にこりと笑った。
それを目にした美琴といえば。

(くぅ〜、かわいい!何なのこのお人形さんみたいな顔!子犬みたいに飛びついてくるかわいさ!何で最初に気付かなかったの私!)

可愛いものには目がない彼女は、可愛い女の子にも目がない。
美琴よりも頭一つ分小さな背丈、柔らかい銀髪、エメラルドグリーンの目。その他のどのパーツも陶器でできているように白く人形そのもののようだ。彼女が無表情であったらアンティークドールと間違えるだろう。
そんな端正で幼い顔つきの少女がにこにこと微笑む様は、かわいい以外の言葉では表しようがなかった。

「みこと?どうかしたのかな?」
「あ、いやっ……そうそう、これ!近所のうまいケーキ屋さんでケーキ買ってきたの。みんなで食べない?」
「けーき!?食べる食べる!」

本当に飛び付かんばかりの勢いにまた美琴が悶えたくなったのは置いておいて。
部屋の中心に一つしかないテーブルに着いて、ケーキの箱を開くと色とりどりのケーキが五つ。
典型的なショートケーキを始め、ガトーショコラなど甘さを控えたものもある。

「どれがいい?多分、アイツらは興味ないだろうから好きなの選んじゃって」
「んー…こんなにあると迷うんだよ。みことのおすすめは、どれなのかな」
「そうねぇ……このストロベリーなんかどう?」
「うん、じゃあそれがいいな。あ!」
「え?なに?」

実はインデックス用にストロベリーのケーキを買ってきたのだが、苺が苦手だったのか。

「みこと、ありがとうなんだよ!」

インデックスは、「じゃあ、いただきますなんだよー」と言いながらケーキを食べ始める。

(今の……今のなに!?しかもこの食べる仕草!まるでハムスターを思わせるような……)

「うにゃああああああ!!!もう我慢できない!!」

何だ何だと台所から上条がこちらにやって来る。

「どうした!?御坂!」
「ど、どうしたの?みこと?」
「アンタ……いやインデックス!アンタうちに来ない?」

美琴は極めて真剣な表情で戦いの始まりとなる声を上げたのだった。




* * * * * * *



「ダメだ」
「私ならひもじい思いさせないわよー?毎日フルコースでも全然おっけーだし」
「ふるこーす……!」
「インデックス!?ズルいぞ御坂!エサで釣るなんて!」
「ほぅら、見なさいインデックス。あのバカ、アンタのことペットだと思ってるわよ」
「むぅ。とうま嫌いかも」

美琴は、にやにやと猫のように嫌らしく笑い、上条にとって宜しくないことにインデックスは上条を拒絶するように美琴の後ろに身を潜めている。今この場所で金の何たるかを実感した上条であった。
片や、もう一人の超能力者は、こちらの騒ぎには興味の無さそうに優雅にコーヒーを啜っていた。

「一方通行」
「人生ってのはそンなもンだ。奪い奪われる弱肉強食ってなァ。諦めろ」
「確か同い年ぐらいでしたよね!?人生語らないで!」
「……まァ、策がないわけでもねェ」
「ホントか!?」

一方通行は美琴と似たり寄ったりな表情で笑い、上条に「来い」と指で合図をする。この時、上条はこの学園都市の超能力者は性格破綻者ばかりで、しかもその内の頂点にいる者は悪魔のごとく非道だということを忘れていた。
普段のこの少年の素行を見ていれば、見た目は天使のようで中身は極悪非道な悪魔だということは直ぐに分かることであるが。

「俺が工面してやる。あのシスター買うための資金をな」
「一方通行……!」
「俺とオマエの仲だろォが」

上条にとって、ふっと口元を緩ませて笑う第一位様は、それは天使に見えたらしい。

「あー、そこのバカ。そいつに金借りるなんて馬鹿なことしない方が身のためよ」
「え?」
「一生かかっても返せない利息つけられるから。アンタの残りの人生、一方通行の奴隷に永久就職したいなら何も言わないけど」
「えええええっ!?」
「チッ、おい第三位。人のモルモット盗ってンじゃねェよ」

モルモットより奴隷の方がまだ人間であるだけマシだ。どうやら、この場に上条の味方はいないようだった。これもいつものことだ。
しかし、美琴にインデックスを譲るわけにはいかない。魔術どうのを抜きにしても彼女は上条にとって、大切な人である。
皆の生温い視線が注がれる中、上条は意思を改めて固めてインデックスの前に座った。

「インデックス。そりゃあ俺は御坂や一方通行みたいにお金はないし、物もない。だけど!俺の勝手な意思だけど、俺はお前のそばでお前を守るって決めてるんだ。だから……」
「……とうま」
「御坂のとこに行くなんて言わないでくれ!生活は将来、俺が働くようになったら不自由させないし、飯も今以上に食わせてやる!」
「とうま」
「今、こんなこと言っても信じられない……って、どうした?」

インデックスが口を開こうとした次の瞬間、台所からジュワッと何かが吹き零れる音がした。

「とうま、お湯が沸いてるんだよ」
「ぎゃーっ!台所から煙が!?」

紅茶を淹れる為に火にかけていた湯がタイミング悪く沸騰したらしい。ここでも彼の不幸が発揮されたようで、彼は急いで台所に姿を消し、わたわたと右往左往に動き回っていた。

「……いいの?アレで」
「んー、やっぱりわたしにはとうましか考えられないかも」

「もやし生活も楽しいんだよ!」と言って、やはり可愛らしく笑う少女は少しだけ頬を赤らめて、美琴に向けられるどれとも違う笑顔を見せた。
インデックスは、聞こえてきた悲鳴と鍋やフライパンの落ちる音に釣られて片付けを手伝いに同じく台所へ駆けて行った。

「羨ましい、とか。思ってンのか?」
「……うるさい」
「アイツの方か、それともマジでソッチの趣味があンのかどっちだ」
「黒子とは違うわよ!私は癒しを求めてるだけなんだから、まとめないでよね」

美琴はインデックスを小動物系統に見立てて可愛がろうとしていたが、一方通行には彼女の、毛を逆立てて威嚇するように強がるところや懐かない者には懐かないところ(例えば一方通行とか)が猫のように見えた。不貞腐れた横顔は、少し寂しそうでずぶ濡れの雨の中、飼い主に捨てられて行き場のないそれそのものだ。
余談であるが、一方通行はそういうものに弱い。

「なァ、俺がオマエを飼ってやろォか」
「はあ?嫌よ。大体どの流れからそうなったのよ」
「癒しがどォのってトコから。最近、番外固体のおかげでストレス指数が鰻登りなンだよ」

つまり、彼の言葉が意味することとは。

「ぜっっっっったいに嫌!それアンタが私弄ってストレス解消したいってことじゃない!!」
「はァ?癒しってのはそォいうもンだろ」
「違う!根本的に間違ってる!こう、何というか心が安らぐとか……」
「俺はいいと思うぞ、御坂」

一方通行以外の声の主は、上条だった。手にはティーセット一式を乗せた盆を持ち、彼に想いを寄せている少女達がときめくような爽やかな笑顔を浮かべている姿は主に仕える執事のようだ。
しかし、この状況下では誰が見ても美琴への復讐を目論んだ、腹黒さを含んだ笑みにしか見えない。というか事実そうなのだ。

「一方通行は優しいもんなー。そして飯も食わせてくれると。いやぁ、上条さんは御坂さんが羨ましすぎます」
「思いっきり棒読みなんですけど!?」
「よし、前主の許可ももらったことだし来い」
「ぎにゃあああ!アンタ!あとで覚悟しときなさいよ!!」

ずりずりと首根っこの辺りを掴まれて引っ張られる美琴が少し可哀想になった上条だったが、

(でも、何気に一方通行は御坂に打ち止め達と同じく優しく接して……ないな)

数々の過去の一方通行の美琴に対する態度や行動が思い出され、心の内で合掌する。後が怖いが、取り敢えず憂さ晴らしはできたので良しとしよう。

「あーだめなんだよスフィンクス!」

ごそごそと棚の奥を漁って首根っこをインデックスに持ち上げられているスフィンクスが一方通行に引っ張られていった美琴にそっくりで、上条はやっぱりやり過ぎたかもと本格的に後悔し始めた。彼が道端で猫耳を着けてパワーアップした電撃姫にレールガンを撃ち込まれることになるのは、また別の話である。





『かいたい』


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120804

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