7月も後半に入った今日この頃、『外』とは少し異なるこの街の学生も例に漏れず夏休みだった。とは言え、風紀委員である白井に夏休みはない。それどころか日中彷徨く学生や、浮かれて理性を夏風に乗せてどこかへやってしまった学生のせいで普段より多忙になることの方が多かった。しかし彼女の心配事は、それ以外にあった。

「暑いですわねぇ。こうも暑いから熱射病で倒れる学生が増えてしまいますのに」
「……」
「風紀委員で飲料の配布でも行った方がよろしいのでしょうか」
「……」
「……ぐふふ、今日のお姉さまの下着は珍しくセクスィーな紐のタイプ、しかもボーダー柄でしたわね……!この黒子、確認させていただきますわ!」

どこかぼんやりと隣を歩く先輩にテレポートして飛び付き、白井は憧れのお姉様の胸を鷲掴むことに成功した。
(おかしいですわ……このわたくしの愛のスキンシップを完璧に受け止めるとは……!)

彼女のセクハラ行為は万年行事であり、超能力者である少女が難なくそれを防ぐのが普段通り。それは何らかの罵倒込みで、白井も少女から浴びせられる暴力と暴言に快感を感じているとかいないとか。そんな少女がされるがままとは。

(まさか、これはまたもや恋のフラグ……?いえ、しかし今回はどこか様子が違いますわね)

少し前、少女には白井が「類人猿」と呼んでいたウニ頭の想い人がいた。その頃は、毎日が楽しそうで、時おり頬を染めながら恋する乙女そのものだったのだが、今回はどうもそれとは違う。初春や佐天が聞き出そうと画策しても、ただ心ここに在らずといった風にぼーっとしているだけのように見える。
段々と不安が募ってきた白井は、しかし少女の胸の柔らかさを堪能しながら尋ねる。

「お姉様。どこか具合でも、」
「……第三位?」

白井の声に第三者の男の声が重なる。
二人の正面で一人の男が、少し驚いた面持ちで立っていた。怪我でもしているのか、体重の幾らかを右手の握る杖に預けている。白髪に赤目のアルビノ少年の登場に、何にも応じなかった美琴の反応たるや恐ろしく素早いものだった。顔を上げて男を視界に捉えた次の瞬間、脱兎のごとく駆け出す。

「お、お姉様!?」

男の方も舌打ちをしたかと思うと、美琴を追うようにその場を後にする。人間ではあり得ないスピードで。

「はて……今の殿方は一体どこのどなたでしょうか」

人通りの寂しい道にただ一人、白井は残されることとなった。

一方、アルビノ少年こと一方通行は、逃げ出した美琴を必死に追い掛けていた。強能力者程度の人間相手ならば容易に追い付けるが、相手は格下と言えども超能力者なのだ。ベクトルを統べる彼でも能力で加速した美琴に追い付くのは至難の技だった。

「クソったれが……他人のツラ見て逃げ出すたァイイ度胸じゃねェかァ!」

踏み込んだ足にかけた圧力のベクトルを操作する。強風に怯んだ少女の片腕をやっと捉え、壁に押さえ付けて、

「おい、なに避けてやが……」

そこで、はたと気付く。自分の掴んでいる腕の肉の柔らかさは、明らかに女のものだと主張している。
妹達に逃げられる理由はあっても、最近まで会って会話していた美琴に避けられる理由はない。逃げる獲物を追う捕食者のごとく追っていたが、ようやく頭が冷え、つい先日の記憶が蘇ってきた。



――先日、美琴が打ち止めに誘われて一方通行宅もとい黄泉川宅を訪れた時のことだ。打ち止めと番外個体が偶然にも出払っていて(確かコンビニに飲み物を買いに行ったとかそんなことだった)、二人きりになることがあった。

それまで美琴に抱いていた感情と言えば、妹達の『オリジナル』としてではなく、一少女として「御坂美琴」という人間の強さと脆さに興味を持ち始めた、という決して深くはない感情のはずだった。
だからこそ一方通行は、あのときの自分はトチ狂っていたと豪語したかった。

何かそういう雰囲気だったわけでもない。強いて言えば、茹だるような暑さで普段より頭がぼんやりとしていた気がする。
何気なく視線が絡む。その時すぐに逸らしておけば良かったのに、どういうわけか底無しの鳶色に魅入られて、どちらともなく唇を重ね合わせていた。
それから飢えた獣のように彼女のブラウスのボタンを外して、そのあとはよく覚えていない。ただ幸か不幸か、自分のものとは違う肌の柔らかさと、彼女の最後の言葉だけは覚えていた。




「……は、離して」

日中でも奥まった裏路地には光が届かない。まだ少しは人通りのある表から外れるとめっきり人影はない。奇しくも、男女が「そういうこと」をするのにお誂え向きの場所だった。

「その気に食わねェ態度を改めるってンなら、いつでも離してやる」
「だっ、だって……!アンタがあん、あんなことする、から……」

先日のように再び視線が交わって、甘美な雰囲気に流されそうになったとき、

「あ、ダメだってば!」

美琴が手のひらでそれを遮った。

「……あのとき最後に、お互い忘れようって言ったでしょ……。あれは、アンタも私も熱に浮かされて犯した過ち。それで終わりだって」

その言葉は、要するにこれ以上は入ってくるなという線引きだった。元より彼女とは何の関係もないし、それどころか本来ならば殺し合っていてもおかしくない因縁がある。
それなのに、一方通行は彼女の反応がひどく腹立たしかった。これまで好意を拒むことはあっても拒まれたことはないからなのか、それとも――。

(忘れろ、だと……?)

気付けば美琴の唇を奪っていた。先日の行為は少なくとも合意の上のそれだったが、これは無理やりで強引で一方的なものなのだという現実が無性に心地好かった。苦しそうにもがいて一方通行の胸を叩く彼女の姿を堪能したあと、ようやく解放してやる。

「なにっ、すんのよ、ばかぁっ……!」
「……今のは俺の一方的な行為だ。だからオマエがどォこォ強制することはできねェ。忘れろっつゥこともなァ」
「は、あ……?アンタ頭おかしくなったの?」
「残念ながら正気だクソったれ。つまり、俺はこの前のことも今回のことも忘れる気はさらさらねェってことだ」
「そ、それ、って……」

期待と不安に満ちた大きな瞳が見つめ返してくるのを見て、一方通行は溜め息を吐いた。
忘れろと言っておきながら、伝えてほしいと言う。どうもこの少女の遺伝子には振り回される運命にあるようだった。そして、振り回されるだけで終わる少年でもない。

「今は、最後までは言わねェ」
「な、何よそれ!?それに今はって……」
「8月31日まで。オマエがその日になっても聞く気があるなら教えてやる」
「期間限定の恋人ごっこってこと?」
「アソビじゃねェ、マジのな」
「……わかった、やるわ。アンタにさっきの続き吐かせてやるんだから!」
「オマエがどこまで耐えられるか見物だなァ」

道で出会った時の曇っていた表情は既になく、一方通行が自覚せずに惹かれている内の一つである自信に満ちた笑顔を美琴は見せた。夏の終わり、彼らのそれが、偽物のまま蜃気楼のような幻想の恋だったのか、それとも現実の恋だったのかは、二人だけが知ることである。






期間限定かき氷はレモンフレーバー


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120728

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