ファーストキスは夜景の見える観覧車の天辺で、などという夢物語は等の昔に崩れた。けれど、美琴は一方通行と交わすキスが好きだった。人目のつかないような路地裏でも、蛍光灯が点滅する薄暗い廃ビルの中でも場所なんてどこでも良かった。
うやむやにしていたい何かをそのままにして、近付きたい、触れたいという欲望だけを叶えられる。結局は彼を受け止めきれていない自分から逃げているだけだと分かっていても、この衝動は止められなかった。
一方通行もまた、美琴に想いを伝えることを拒んでいた。伝えてしまえば今まで通り生活していくことは不可能だ。守らなければならない存在は他にもある。かの少年のように全てを守りきることはできないということが分かっているからこそ、彼女との関係を変えることはできなかった。
二人は動けない場所で限界の距離を保ちながら曖昧な関係を続けていたはずだった。
美琴は何時ものように平静を装って、慣れたフリをして一方通行を受け入れていた。
ふと頭を過ったのは、目を閉じる前に見た苦痛に満ちた赤い瞳だった。
(……そうさせてるのは私だってのに、そんな顔しないで、なんて矛盾してる)
それでも美琴は放っておくことなど出来なくて、手を伸ばして彼の白い髪を優しく撫でる。一方通行は彼女の行動に驚いたが、その心地好さに振り払うことはなかった。
美琴はずっとこうしていられたらいいのにーーと思っていた。しかし、
「ーーっ!」
次の瞬間、それまでのキスとの違和感を感じて初めて一方通行を拒んだ。がりっという嫌な音がして彼の唇から血が伝っているのに気付いたとき、彼女は顔面を蒼白させて指でその血を拭っていた。
「ごめん、ごめんね…!」
「いや、今のは俺に非がある。気にすンな」
「……ごめん。キス以上は、できない」
一方通行は美琴を責めるのでもなく、怒ることもなく、ただ「悪かった」と言ってその場から立ち去ってしまった。
美琴には、彼がこんなことを続けている理由が分からない。もしかしたら男性特有の性欲のためでは、と考えたこともある。そうであるならキス以上できないと分かった以上、もう自分を求めることはないかもしれない。
「……でも、これでいいんだよね」
片手で数え切れないくらいのキスは忘れられそうにない。しかし彼といたという証はどこにもなくて、せめて身体中を巡る血液に残していられるようにと指に残っていた血を舐め取った。
kiss more love you
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120423