歌って甘いラブソング | ナノ







いわゆる『名門校』と呼ばれる学校には、儀式めいた行事があるわけで。そしてその名門校、常盤台のエースと称される私には大層な役が回ってくるのがデフォルトだ。

(あー、気が重い)

イヤリングをもう一方の耳に付けて、準備完了。我ながら決まっていると自負している私は、ドレープのかかった膝丈のサテンワンピースに身を包んでいる。――そう、女の子として生まれたならばドレスを着られるのは嬉しいこと。階段を下ると、階下にも同じように着飾った同級生や後輩がいた。

本日はおめでたいことに常盤台創立何十周年で(数字は覚えてない)、記念式典が開かれる。そこまでは問題ない。しかし、そのオプションが問題で。

(舞踏会とか……あり得ない)

ダンスを踊る、つまり相手が必要(しかも男の!)。もちろん女子校に男がいるわけもなく、とある名門校から引き抜いてくるのがお決まり。そして本日の私の相手は、

「あら御坂様のお相手とは海原様でしたの?」
「ええ、恐れ多くも」
「とてもお似合いですわ。普段も仲がよろしくていらっしゃるのでしょうね」
「海原様!来年は是非とも私とお願いしますわ」
「こちらこそ喜んで」

いつも後輩達にはしたないだの下品だの喚いているのに、自分たちの黄色い声は許されるのか。まあ大能力者の権威を振りかざす彼女達に道理が通用しないのは知っている。そこで毎回溜め息を吐いてしまうのは仕方ないこと。
それよりその輪の中心にいる慇懃な挨拶をしている男が海原光貴。理事長の孫で今日の私のパートナー。だが、はっきり言ってあの人は苦手だ。

「こんばんは、御坂さん。今日は一段とお綺麗ですね」
「ああ…ありがとう」

ここ数ヶ月、練習を共にしてきたから分かる。この人は――こいつは、優しい好青年でも善人でもない。少なくともこの人達が抱く幻想には程遠い。

「本当に。お綺麗ですわね、そのドレス」
「本日は常盤台の名に恥じぬよう頑張ってくださいな」

それでは後ほど、と会釈をして彼女達は去って行った。二度と来るな!と舌を出して追い払ってやった。次いで、にこやかに手を振る男を睨み付ける。

「…それで?あんたはなに油売ってんのよ」
「いえ、着いてすぐ御坂さんを伺うつもりだったのですが、捕まってしまいまして」
「来年あの子と組むって?なら私は必要ないわね」
「まさか。あんな無粋な連中と貴方、比較するにも値しませんよ」

さっきと変わらない笑顔でさらりと零す本音から陰険さが滲み出ている。これで数多の女性から人気があると言うのだから私からは世の中には知らない方がいいこともある、としか言えない。これが私の彼を苦手とする最大の理由である。
笑顔の仮面に隠した本音が私からは全く読めない。だから彼が私を好きだという事実も本当か嘘か分からなくて、そう言うと本当に決まってるじゃないですか、と悲しそうな表情をされた。が、騙されたら彼のシナリオ通り。つまり今日は演技が十八番の彼と仮面舞踏会というわけ。

「はー、あんたといると疲れるわ」
「それは失礼しました。僕としたことが貴方に気を遣わせてしまって」
(そういう意味じゃないっての)
「ところで御坂さん、」

一定の距離を詰められて思わず後退って顔を背けた。近くで見たらいや遠目でも分かるけれど、嫌みなほど顔が整っているものだから意識してしまっている私がいる。もし私が女扱いされるのに慣れてないと知った上での行動ならサディスティックと呼んでも間違いはないはず。

「なっ、なななに、よ」
「今日は舞踏会ですよね」
「だか、ら?」
「だから今日は名前で呼んでもらえないでしょうか。できればファーストネームで」

ファーストネーム。つまり姓名、の名のほう。それを呼び合う仲とは、イコール友達、恋人、夫婦エトセトラ。
誰がそんな恥ずかしいことするか。

「何で恋人でもないし、好きでもない男のファーストネーム呼ばなきゃならないのよ!大体ね、あんたは中身ドSのくせに上っ面だけ良くて気に食わないったらありゃしないわ!そーいうところが嫌いなのよバカ!」

つい怒鳴り散らしてしまったところ、遠くのオバサンが真っ青な顔をしているし、寮監は眼鏡を光らせてるし、例の彼女達が小馬鹿にしたように笑っていた。ああもう、こんな堅苦しい場所なんか飛び出してしまいたい。ドレスに皺が寄るのなんてどうでも良くなって疲れた身体をソファに投げ出した。

「大丈夫ですか?何か飲むものでも、」
「結構よ」

気まずい。と思っていたら、彼の友人だろうか。金髪のサングラスにスーツ、というヘンな格好の男の子が愛想良く手を振っていて、どうやら挨拶をしに行くらしい。類は友を呼ぶとはまさにこのことだろう。一筋縄ではいきそうにない雰囲気が彼からも漂っている。

「ああ、そういえば」
「…なに」
「先ほどの告白の応えですが――」




「だからそういうとこが嫌いなのよ…」

『僕は好きですけれど』なんて台詞、卑怯だ。私が彼を苦手だとする理由は多分、心を隠してるからじゃないんだろう。
超能力者と付き合っているという箔が欲しいなら嘘でも何でも吐けばいいのに、あの人はまるで本物だと信じてしまうような感情で触れて、私を惑わせるから。
ふと振り返ったときの、仮面じゃない笑顔にどきっとしてしまったのは――恋なんかじゃない、絶対に。




歌って甘いラブソング

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111113

title:誰そ彼
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