バーチャルラヴァー | ナノ



バーチャルラヴァー







落としたのはガラスの靴じゃなくて、踵を踏みつけたローファー。私を急かす、鐘の代わりに電車の発車のベル。追い掛けてくれる王子様なんかいる筈もなく、あいつは未だにベッドで猫のように少し丸くなって寝ているだろう。電車の窓を鏡代わりに髪を直す、これが私の1日の始まりであり――遅刻までの道のりである。

そうして遅れた私は、黒子に言われて初めて大失態に気付いた。これほど昼休みが待ち遠しかったことはなかった。教師が教室から出ていくと直ぐにケータイで電話をかける。もちろん、あいつのケータイにだ。

『……ハイ』
「あんた今まで寝てたでしょ。あれだけ九時には起きろって言ったのに」
『るせェよ。ンで?なンの用だ』
「う…あ、あのさ、…えっと……」

言えば必ずこいつは笑う。そういう悪魔みたいなやつだということは分かっていた。だから言いたくない、だけど言わなければ困る。そのジレンマで口をぱくぱくとさせていると、向こうでごそりと動く気配がした。

『何なンですかァ?足りねェってンなら今手伝ってやってもいいが、イイ声出せよ。ちょうど手ェ空いてるしよォ』
「ば、ばか!違うわよ!その、…リボン忘れちゃったの!バレたら、ヤバいんでしょ…」
『はァ?何が』

相変わらず、大人びているのか鈍いのかよく分からない。女の子は鋭いから、あの子たちは気付くに違いない。一方通行の部屋に女学生の制服のリボンが落ちている、そしてそれは常盤台のものであること。つまり、一方通行と私の関係。あいつは間違いなく秘密にしておきたい筈だ。だって誰よりあの子たちが、打ち止めが離れていくことを恐れているから。そんなことは、好きになったときから覚悟していた。それでも胸は痛いけれど。

「だから悪いけど届けに来て、」
『……はァ』
「ちょっと!ため息吐かないでよ!面倒なのは分かってるけど」
『そうじゃねェ』
「じゃあ何?」
『……オマエ…』

こいつが言葉を言い澱むことなんて滅多にないのに、珍しい。それに電話越しの空気が何だかすごく真剣で、もしかして別れ話かもしれない、と思わず片手を握ってしまう。

『やっぱり何でもねェ』
「何よ、気になるじゃない」
『ハイハイ今度言いますゥ。それよりオマエ弁当忘れてンぞ』
「ふふん、美琴センセーをごまかそうったって、そう、は……」

――ない。鞄を逆さまにしても弁当らしき物は一つも入っていなかった。財布の中身も何とも寂しい。とは言っても、借りるのも気が引けた。

『ったく世話のかかるやつだなァ、オマエは』
「え、持ってきてくれるの…?」
『コーヒーの買い出しついでだ』

そうだと素直に言えば可愛いのに。でも、その不器用な優しさが独り占めしたくなるくらい大好きだ。それと同時に優しさは私を傷付けていく。私だけに一方通行の何かが向けられることはない。ただ守る存在の一つの個体として、私が好きだと言ったから偽の恋人として置いてくれているのだ。
その切なさに駆られて好きだよ、と言ってみたけれど、やっぱり応えはいつもと変わらなかった。

好き、じゃないよ。愛してる。
けれど、これは期間限定の恋だから私もあいつも今は魔法にかかっているだけだから。きっと覚めてしまえば、あいつは物語通りのお姫様を救ってハッピーエンド。そのときは私も祝福するから、だから今だけは。

「ごめん、もう少しだけいさせて」

この恋物語は『シンデレラ』じゃない。シンデレラに憧れた、一人の女の子のありふれたお話。






end.



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110929

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