水中遊泳 | ナノ



水中遊泳






随分遠くまで来た。
窓の向こうには如何にも面倒臭そうな一方通行が見える。現実では全く触れられない虚像をそっと指で撫でた。
私の指は、彼のこの世で唯一の凶器だ。私は妹達と一緒に彼の深いところで沈んで呼吸しているだけ。陸に立つことのできる真っすぐな足と綺麗な指をもつあの子が羨ましい。
この汚れた指は、手は、何の為にあるのだろう。傷付けることしか出来ないなら要らないのに。

「……眠ィ」
「寝たらいいじゃない。まだ着かないわよ」

「着かない」って、私はどこまで行くつもりなの。私一人がこいつを独り占めする権利なんてない。ないんだ。残り9000人程から殺される義務があるんだから。
もし私が今、こいつをこのまま連れ去ってしまって学園都市に還らなかったら?たった一人の一方通行をあの子達から奪ってしまったら、きっと私は悪いお姉様ね。

できないの、そんなこと。
でも、愛してると優しく囁いてほしい私だけのそばにいてほしいそばにいて、そして指の先から溶けるほどに熱く奥まで触れてほしい、そんな欲望は誰にでもあるでしょう。私は聖人君子じゃないもの。

けれど私の指先は冷たくて、誰にも触れられることなく深海に沈んだまま。初めて浜に打ち上げられたとき、きっと一方通行は手を差し伸べてくれる。でも私はその綺麗な指を傷付けてしまうんだ。また、「あいつ」と同じように。

「……ねぇ」
「あ?」
「あんたは、次の駅で降りなさい。ここから先は私一人でいくから」

それなら、冷たく凍りつきて誰も触れられない方がいいじゃない。もう、誰も傷付けたくない。
たとえ寂しくて泣くことしかできなくなっても私の涙は海水に溶けてしまえば分からない。でも陸には涙を見せて泣くことのできる子がいて、そしてあなたの指は、それを拭うためにあるのでしょう。

「あんたは打ち止めや番外個体や妹達を守らなきゃいけない。ね、そうでしょ?私は大丈夫、だってレベル5の一人なんだから」

水中を走るように静かに走っていた列車のスピードがゆるゆると落ち始めた。もうすぐ駅に止まるのだ。

「じゃあここで、」
「本当は、」

一方通行は他の誰かに語りかけるように肘をついたまま、私の方を見ずに重たかった口を開いた。

「強くなンかねェンだろ」
「、なに」
「全然大丈夫じゃねェのに嘘つく馬鹿げた癖はもう見飽きてンだよくそったれ」

あ、と思う隙もなく指先と指先が触れて他人の温かさを感じた。傷付けるだけの手を何の躊躇もせずに彼は初めて、私に触れた。どうして、こんな手、誰かに握ってもらう価値なんてない。

「なァ、今日このクソ暑い中、俺を無理やり引っ張ってきやがった手はどいつの手だ」
「それ、は…わたしだけど」
「この脚も」

冷えた太腿に白い手が這って、どきりとする。そして今日初めて交わった視線が苦しそうで、知ったのだ。
いつも私は鈍いから。もしかしたら、同じ海に浸かっているのかもしれないということに気付けないでいた。知らないで、もっと暗い海の底にひとりぼっちにしてしまうようなことを言った。残酷だ、私は。
本当に凶器なのは、私の言葉、声だ。

「――ごめん、傷付けたね」
「は、馬鹿かオマエ。俺が、」
「わかってる、あんたが傷付いたって隠そうとしてくれるのは。だから、ごめん」

私と一方通行は不器用で、強がりで。けどこいつが馬鹿みたいに優しいから、私は気付かないで通り過ぎてしまう。

「言葉なんか要らないならせめて手ぐらい握っていようよ、ね」

私の手足は誰かを救うことも上手く歩くこともできないけど、優しい水の中で傷付いた鰭としてなら泳げそうな気がしたから。ねえ、きっとさいごまでいこうね。




end.



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110801

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