ねぇ、死ねたらよかったのにね | ナノ



ねぇ、
死ねたらよかったのにね








まだ真夜中の、高層マンションの一室をぴりりりり、と変哲のない電子音が満たす。ソファで寝そべっていた少年は、手だけを伸ばして硝子製のローテーブルの上で点滅する携帯電話を開いた。ディスプレイには『Eメール 一件』の文字。


Frm:打ち止め
Sub:
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おかえりー!
お仕事、あんまり無理しちゃだめだよ!
今のあなたには見張る人がいないからちょっぴり心配(>_<)
また週末にはこっちに来てね!


―END―



文面を見て、張り詰めていたものが緩む。
打ち止めからのメールはこうして毎晩遅くに来る。それは毎日、何かを振り切るように身体を痛めつけて仕事に明け暮れる一方通行を心配してのことだろう。彼は決まって返信しない。それでも打ち止めのメールが途切れることはなかった。

「――楽しそうねぇ」

一方通行以外、誰もいない部屋に女の声が静かに響いた。10階以上はあるマンションの張り出したベランダに人の影を見出して、重たい上半身を起こした。
開け放した窓から見える横顔は、この世のものでない程に不安定で綺麗だ。その少女は彼を見ると、怜悧な微笑を浮かべた。手は砂鉄の剣を握っている。

「あの子達をあんな風に殺しておいて、あんただけが楽しい?幸せ?ねぇ、」
「…美琴」
「答えてよ、一方通行」

黒く実体のない剣に付着した血液を払うように一振りした。こつん、こつん、と革靴とタイル張りの床が軽い音を立てる。
こつり、音が止む。

「私に優しくして名前呼んで特別扱いして満足?あんたの罪滅ぼしの気は済んだ?もういい加減、幼児のおままごとに付き合うのは疲れたのよ。わかる?」

御坂の唇がぐっと美しい弧を描いた、そのとき、

「ぐぅっ…!」

ドン、と腹部に激痛が走る。赤い瞳を見開いて、少女がこんな真夜中に何故この場所に訪問してきたのかを理解した。
一方通行の薄い腹部を跨いで馬乗りになった御坂は剣を振り上げて、今にも彼自身の首を裂こうとしていた。心臓を一突きして終わらせるつもりなどない。一番もがき苦しむ死に様を彼女は望んでいる。そして彼も御坂に殺されるのは本望だった。自ら選んだことだ。
瞳は閉じない。それは彼女からの責めを受け入れる為に。

ザンッと迷いなく、剣は振り下ろされた。





「……な、の…」

形の良い唇から小さな声が零れる。

「憎い消えてほしい死んでほしい殺したい殺して、何度も殺してぐちゃぐちゃにしたい、だけどっ…!」

ぽた、ぽた、と隠れた瞳から雫が落ちて、少年の頬を濡らした。一方通行は静かにその慟哭に耳を傾ける。
剣は一方通行の頭の直ぐ横を過ぎて、ソファの柔い生地を貫いていた。

差し込んだ月明かりが少女の輪郭を照らす。逆光であっても、髪が肌を掠めるほどの距離が教えてくれた。涙を瞳いっぱいに溜めた彼女の顔と、そして共鳴する胸を刺す感情を。

「すき、なの、あんたがすき」

御坂の唇から零れていく想いに少年の胸の傷は開き、じくじくと化膿していくようだった。憎しみと愛情の入り混じった感情はどうしても重なって溶けることはない。少女達を、少女を守りたいという優しさが形を変えて結局、少年の傷さえも抉ることになってしまった。

「もう、わかんないの、あんたを殺せばいいのか、私があんたに殺されたらいいのか、でもきっとこの気持ちは消えなくて、ねぇ一方通行っ、」

一方通行は最後まで聞き入れることなく、御坂の声を遮った。小さな悲鳴にも構わず、乱暴に少女の身体を押し倒す。

「テメェだけが痛いと思ってンじゃねェぞクソが」
「だってこんなの、もし、」
「普通に出逢ってたら良かった、なンて言える筈がねェ。ンなパラレルワールド存在してたら、俺がもし0001号を殺らなかったら?オマエがDNAマップを提供しなかったら?これが仮定じゃなくなるってことだからなァ。……結局、これが俺とオマエに科された罰ってやつなンだよ」

瞳にじわりと滲む涙を拭う術も知らない少年は、ただ痛みを取り除こうとすることしかできなかった。しかし、胸の底を抉るそれは何をしても吐き出せない。唇に噛みついて、呼吸を奪って、なかせて、冷たい体温を共有しても。そしてそれは、水平線上が朱色を帯び始めた時も変わらなかったけれど、それで良かった。
開け放されたままの窓のカーテンが生温い風に揺れる。日が昇れば、また暖かい日射しに包まれて絆されるのだと思うと、気分が悪くなる。彼の、朝の好まないのはこれが理由だろう。ただ、今日は――。

(まだ消えてはねェ、よなァ)

背に残る筋状の傷口を指で伝うと、電流が走ったようにびり、とその部分が痛んだ。当分の間は残るという事実は一方通行を安堵させる。肌に爪が食い込む感触を思い出して、何かが疼いた気がしたが喉の奥で呑み込んでおく。

もう少ししたら、黒いシーツに埋もれている少女を起こそう。彼女もまた、小さな痕を見て同じことを思うのだろう。
今日の朝の空気は先程より少しだけ冷たく感じられた。




end.



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110723

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