遠い夏のあの日へ | ナノ



遠い夏のあの日へ












夏の日差しが強い今日この頃、少女はアスファルトが反射する熱を受けながら街中を闊歩していた。時折、ふわりと茶色がかった髪をさらっていく風が心地良い。
この季節の街というのは、遠くに蜃気楼が揺らいで、何処か不思議だとさえ思える世界を作り出している。無論、既に世の中の知識の総半を学んでいた優等生の彼女は蜃気楼の原理を知っていた。
水の粒子が作り出す幻想的な虹の原理も、タイムマシンが相対性理論で成り立つことも。

(それにしても暑いわねー)

太陽に手を翳すと血管が透けて見える、などということはなく、ただ焦がさんとするばかりの太陽光が照りつけるだけだった。

彼女の足は現在、近場のコンビニに向かっている。寮の近くのコンビニは、不幸にも目当ての雑誌が売れてしまっていたのだ。後輩に暫く留守にすると言った手前、直ぐに帰るわけにもいかない。
散歩ついでに立ち読みの後、アイスクリームでも買って帰ろう。そう計画立てていたのだった。


曲がり角を曲がると、踏切に辿り着く。学生は皆、夏休みで遊びに勉強に忙しいのか外出している者は少なかった。
ガタンゴトンと電車が通り過ぎていくのを日陰に入って、何とはなしに見つめていた。蝉のジワジワと鳴く声が耳をつんざく。暑さのせいでぼんやりとした意識を何とか、現実と繋ぎ合わせていた、そのときだった。


強風がスカートまでをも巻き上げ、視界を一瞬にして閉ざした。風が止んで、目を恐る恐る開くと、線路の真ん中、下りている遮断機の向こうに、一人の少女が立っていた。


白いワイシャツとベージュのベスト、そしてグレーのスカートを着た、髪の茶色の少女。その少女をこの学園都市で一日に数人見掛けることは何ら不思議なことではない。一部とはいえ、一万人もの量産クローンが存在しているのだから。

「どうして、あんたが…」

御坂は普段、彼女達をせめて見分けられるようにと努力していた。そのため、目の前に存在する少女の検体番号も分かっている。学園都市第三位の頭脳が誇る記憶能力にミスはない。
あの悲劇の幕開けとなった、彼女が一番初めに出逢った少女であり、被実験個体である9982号。

『お姉様、』

振り向いた9982号は唇だけを動かして少しだけ微笑んだ。その姿に、今まで蓄積していた胸の澱が取り除かれる。
嘗て犯した過ちが彼女を、彼女達を殺した――だから、目の前にいたというのに救えなかった彼女は、さぞ恨んだことだろう、と思っていた。

ああ、これで許される。御坂は、抱えてきた想いを伝えようとした。

しかし、今まで蝉の鳴く声すら聞こえなかった透明な世界が急に色を帯びる。その喧騒をも打ち消すようにカンカンカンカン、と警告音が側頭部を殴打する。それに気付いていない少女は何かに惹かれるように、向こう側へと足を進めた。

「だめ、行かないで!」

少女へと手を伸ばした瞬間に、ザッと電車が過ぎり、跡形もなくその姿は消えた。

――オーバーラップする、あの夏のある日。少女は御坂の贈った物と引き換えに命を落とした。御坂を大切に思っていたことは彼女自身も痛いほど伝わっている。だが、それだけに少女が身を投げ出すほどの価値があるとは思えず、未だに理解できない。
それどころか、その事実は彼女を一層苦しめている。

「っ、ごめん……ごめんね…」

御坂を支えていた膝は折れて、彼女は地面に崩れ落ちた。凡そ40℃にも達するコンクリートが彼女の傷のない白い皮膚を爛れさせていく。

「……お姉様」
「ごめん、許されるなんて…そんなはずないのにね…私は、あんた達を救えなかったのに。も、ほんと、嫌になる」
「…妹達全員は、何時でもお姉様のそばにいます、とミサカは告白します」
「……うん、私が間違えないように、詰っててよ」

遮断棒は蒼い空に真っ直ぐと立ち上り、踏切は開いた。けれど、それから風が吹いても陽炎の向こうに何かが見えることは、二度となかった。




end.



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110712

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