駄目、あの子が見てる | ナノ



駄目、あの子が見てる


※上条さんに病み警報






ジリジリと日が照りつける中、少女はあるマンションの一室の前で立ち往生していた。このマンションには、オートロックがない。故に呼び鈴を玄関先で押さなければならないのだが。

「何だ、いないのか」

何度押しても家主は現れない。御坂は玄関に背を預けて、手の甲で額の汗を拭った。

正直、安心していた。ここに来て欲しい、とのメールが入った時は嬉しくもあり、その反面で怯えてもいた。
御坂と少年は、つい最近になって交際を始めた。漸く想いが通じた――初めは、その嬉しさだけで毎日が幸せだった。
しかし、いつしか胸に支える塊を飼うようになる。

彼は優しい。そして、「あの少女」も優しい。あの子は私の為に身を引いてくれたのだ。そればかりが頭に付き纏うようになり、また自分は誰かを犠牲にして幸せになるのか。そう考えたら、これが本当に欲しかったものだろうか、と手中にあるものが真実か疑うことしかできなくなった。
その事情を知ったのだろう隣人とその妹に強引に部屋に引っ張り込まれた時の言葉を思い出す。

『カミやんは意外と寂しがりやさんだからにゃー。君が遠慮してたら、あっという間に喰われちまうぜい』

彼はどちらかと言えば奥手で鈍くて。そんな言葉がぴったりだったから気にも留めなかった。

(大体、あいつは私に執着してないもの。逆は然りかもしれないけど)

彼と自分が付き合うことで誰も幸せになれない。いっそのこと、リセットして元のように片想いをしていた方が楽な気さえしていた。

「おー御坂」

少年は学校帰りにコンビニにでも立ち寄ったのか、ビニール袋を手にしていた。彼は御坂に笑いかけて、鍵に手を伸ばす。

「ったく、夏休みまで補習なの?」
「そうなんですよー。悪いな、暑いのに待たせて」
「べ、別にそんなに待ってないけど…」
「なら良かった。…あ、そういえば今日さ、インデックスが帰って来るんだ。ていうかそろそろだな」

ほら、御坂のこと言っておいた方がいいだろ?――等という声は遠退いた。
彼女は私用で外国に旅立っていて、二人の関係については知らない。あの純粋で綺麗な少女が傷付くのは目にするのは怖かった。御坂も数週間前は彼女と同じ立場にいたのだから。

「御坂?」
「――ああ、そういえば私、買い物頼まれてたんだったわ。ごめん、今日は無しにして」

早く、この場所から離れなければ。
彼が違和感を抱こうが今は気に掛けていられなかった。急かす鼓動に応えるように足を踏み出したが、身体は意に反して後方に引っ張られて床に叩き付けられた。

「いっ…!」

腰と背中を強く打ちつけ、少女の顔が痛みに歪む。何が起きたのか、その数秒間で悟ることは難しくて、少年の笑う声を聞いて漸く顔を上げることができた。そして脳が情報を処理し始める。

「どう、して、」

骨を砕こうとするほどの凶暴な力で細い手首は掴まれ、四肢の自由は利かない。押し倒されたのだと理解しても、到底喜ぶことの出来る状況ではないことは直ぐに分かった。彼の持つ空気が普段と違い過ぎていたのだ。

「御坂は、いっつもそうだよな。他人のことばっかりで、インデックスにも海原にも気ぃ遣って」
「っ、」
「なのに俺のことは見てくれねーんだよなぁ」

真っ直ぐな瞳も優しい笑顔も変わらないというのに、男女の差を誇示する力が現実へと引き戻す。首を伝う汗と大好きな筈の笑顔がやけに冷たく感じた。

「だから、ずっと考えてた。どうしたらお前が俺だけを見てくれるのかって。そしたら気付いたんだ、そんなの簡単なことじゃねえか。…お前のその幻想を、壊せばいいんだってな」

腕で抵抗を試みたが、指先が動いただけで何も変わらない。それを見た上条はするりと指までを絡ませて指の動きさえ封じてしまった。もう、打開策は残されていない。

「好きだ、御坂。――ぜんぶ壊したいくらいに」

唇が押し付けられて、ぬるりとしたものが割り込んできて。冷静になる時間は猶予されていなかった。全てがめちゃくちゃに壊されていくことと、彼を受け入れることにしか御坂の意識は向いていなかった。
しかし、聞き覚えのある少女の声が遠くに聞こえて我に返る。

「いや、やめて!あの子に気付かれ、…んん!」

一度、開かれた唇は酸素をも奪うようにして塞がれた。
確実に近付いてくる足音に、機能が追い付かなくなったのか彼女の脳も徐々に冷えていく。
この状況を見て正気で居られる人間は恐らく隣人くらいであろう。あの少年の言葉は全て真実だと気付くのにそう時間は要らなかったのだ。

そしてこの少年に好意を抱いていた少女は壊れてしまうだろうか。
御坂は自身を自嘲した。捲れ上がったスカートも、繋がった指先も、深く重なった唇も、ぴちゃりと響く水音も、全て、淫らにしか見えない、聞こえない。結局、誰も傷付けることしかできない、それでも良かった。

(もう、何でもいい)

足音は扉の向こうでぴたりと止まった。ドンドン、と少し乱暴な音が室内に響く。

『とーま、ただいま!とーま!…あれ、いないのかな?とーま?』

ぎい、と軋んだ音を立てて扉は開かれた。

end.



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110711

title:虫喰い
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