片翼を喰らう黙示録












あれ、おかしい。
なんて気が付いたときには世界が一転していた。一秒前には真っ暗なトンネルの中を歩いていたはずなのに。

ここはどこだろう。

遠近法というのは遠くが小さく見えると言うけど、遠くが歪んで見えるってどういうことなの。
橙色の灯りが点々と配置されて人魂のように揺れる。どうやら家主は悪趣味な魔除けの収集家らしい。赤褐色の液体の砂時計やら眼球の付いた動く彫刻に棚の上の頭蓋骨。
ちりちりん。天井から吊られたそれらが生温い風によって凡そ可愛らしいとは形容し難い様で鳴り、「誰か」を歓迎しているようだった。

両脇に幾つかある内の1つの扉を開ける。
灯りが1つしかないせいで古い書斎の中は薄暗くて古書の匂いがして何だか埃っぽい。

「いらっしゃい」

卓の上に手を組み合わせてそのさらに上に顎を乗っけた赤髪の女が、唇を吊り上げて笑っている。不気味な笑い方だが、怯む訳にはいかない。
そろそろ私は帰りたい。さっさとこんな辛気臭い場所を離れて、喫茶店で黒子達とお茶でもしたいのだ。

「そんなに焦れなくてもあなた次第ですぐに帰れるわよ、御坂美琴」

なぜ私の名前を知っているのか。
女は問いに応えずに占星術用の西洋骨牌を慣れた動作で並べた。促されて一枚を引く。どうしてか肺が上手く広がらなくて酸素が吸えない。早く帰らせて。
手で引いた一枚は――。

「おお!ジョーカーだにゃー」
「おめでとうございます。我々の占い師は腕が良いんですよ」

これまた怪しい、金髪の色眼鏡と爽やかな笑顔の男が札を覗き込んでいた。どこかで見た顔だけれど、思い出せない。
自分が自分でなくなる感覚。帰らなければ、と私の中の危険信号が点滅し始める。心拍数も脈も加速していく。

「大丈夫だにゃー。これが最後のゲームですたい」

男は手に握っていた物を取り出して私の手を誘導する。硬貨の表裏を当てろ、ということらしい。そんなもの電磁波で操れば私の意のままになるというのに。
硬貨はぴん、と弾かれて私はその細工をした。落下してきたそれを手の甲で拾って蓋をする。

賭けたのは表。

だから掌を退けて愕然とした。あり得ない。決まった力で弾けば回転数によって表裏が自在で、何万回も模擬実験をしてきた筈だ。

「まあ種明かしをすると、」

裏と、――裏。両面裏だ。

「こういうイカサマを仕掛けるのが仕事なんでね」

空間に繋ぎ目がなく、どれだけ走っても同じ場所に戻るように出来ているみたいだ。無理数のように無限に並べられた何かは、確率も無限にあるように見えて私が必ずその答を出すような仕掛けを隠す為に作られていた、なんてこの時、知るはずもなかった。ただ帰りたい、それだけしか考えられなかった。

「おっと、それは無理な頼みだな。既に君はこの世界と契約が成立してる」
「ふふ、気付かなかったかしら?貴方は初めから試されていたのよ」
「あのフロントに立った時からですよ、御坂さん」

ぐらりと視界が揺れる。そうだ、私がこの世界で何かを選ぶときは必ず選択肢があった。幾つもある扉も、骨牌も、引くかどうかも、硬貨の表裏も。つまり、その審査を全て通過してしまったということだ。

今この時、逃げられなかったら一生ここに監禁される気すらして私は能力を発動させる。考えてみれば、おかしい話だ。遠近法が狂ってる、電波が通っていない、確率が普通ではない。何もかもが公式や原理で成り立つ学園都市にそんな例外は存在しない。
これは夢なんだ。それも異世界に飛び込むという不思議な悪夢。こんな夢、さっさと覚めてしまえ。

照準を定めた牽制目的の硬貨は閃光を放ち、壁を貫通して爆発――という弾き出した計算結果は、左右対称に私の背後で起きた。完全対称じゃない、意図的に軌道が数尺ずらされている。こんな精密な演算が可能なのは、学園都市の頂点に立つ人間ただ一人。

「まァた悪趣味な入学試験してンですかァ?」
「だって暇なんだもの」
「こういうのはエンターテイメント的な要素があった方が楽しいですよ」
「そうそう。さ、新入生歓迎会に移るにゃー」
「その前にやることあンだろォがよ」

壊された、いや私が壊した。吹き飛んだ人形の首の一つを拾い上げてそれを見つめた。馬鹿みたいに平和だった汚れのない私の世界こそが幻想だった。
そこに床に転がっていた首をぐしゃりと踏み砕く足があった。その無遠慮な足の主を睨み付ける。

「ひゃは、随分反抗的な後輩ちゃンですねェ!可愛がり甲斐があンじゃねェか」

最終宣告。ここでこの手を取らなければ死以上の恐怖が待っているか、大切なものが破壊される。帰れる帰れないの選択肢はA、B、C、Dのどれにも残されていないのだ。
私は青白い手に手を伸ばした。
陳腐な三流小説の物語が幕を開ける。

「ようこそォ、暗部組織『グループ』へ」

その手が引く先は天国か地獄か。
壊れた蓄音機が滑稽な動きで音の外れた前奏曲を奏で始めた。
そして全てがズレていく。





end.



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110708

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