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いつかはそうなると思っていた。困っている人間を見捨ててまで呼吸できる男(ひと)じゃないから。それまでは私だけの、と猶予付の恋人でいてもらって、その期限が来た、それだけなのに――どうしてこんなに胸が痛いの。
「じゃあ、そろそろ行くな」
いつもの笑顔、優しい声、何も変わらない。私がいなくたって変わらないんだ、こいつは。私は今にも崩れてしまいそうだというのに。
「たまには電話しなさいよ」
「毎日するって」
「いいわよ、国際電話って高いでしょ」
「けど、」
「永遠に会えなくなるわけじゃないんだから。ほら、もう行かなきゃいけないんじゃない?あの子、待ってるだろうし」遥か彼方、海の向こうで唯一無二の彼を待ってるのだろう。そして彼も再会できることを何より望んでいる。だから偽物の恋人である私への優しさなんて必要ないのに。
私にキスしたとき、心の中に誰がいた?なんて聞かないし、謝罪も要求しない。代わりだって良かった。そばにいられるなら、それこそ何でも。
私の中には、いつだってあんたしかいないんだから。
「じゃあ、元気でね」
ああ、もう二度と会うことはないのかもしれないな、と思うと急に胸が苦しくなる。向こうであの子を命懸けで守って、愛して、そうやって学園都市のことも私のことも忘れていって。擦れ違っても私しか気付かなくて、そんな惨めな再会だっていいと思ってた。なのに、
「どう、して……」
ぽろぽろと零れ落ちる涙は何度拭っても止まらなかった。まるで初めて泣くことを覚えた人形みたいだ。
どうしたって私はあいつが好きで、それだけはどうしようもないんだ。そばにいてほしくて、電話だって毎日してほしくて、しょうがないな、なんて呆れ顔してワガママを聞いてほしい。
ただ、それが叶わないなら溢れるこの涙もこの気持ちの止め方を、誰か教えてよ――。
「御坂!」
突然、肩にずしりと重力がかかった。吐息の混ざった声と私の使うもののどれとも違った香りが感覚を占める。
「なっ、」
「ちゃんと帰る、って言ってなかった、から、はは、だめだな。さよなら、なんかよりずっと大切なこと言わなきゃいけねーのに」
「な、によ、それ」
「何って約束ですよー」
呆然と立っている私の目の前に小指が差し出された。私には何が起きたのか分からなくて、慌てて涙を拭うだけしかできないでいると腰をかがめたあいつと視線が合う。
「俺は絶対ここに帰って来るから、御坂も待ってるって約束な」
きっとこいつには一生適わない。だって私が取り除けなかった不安も涙も一言で消してしまうのだから。
結局、「好き」の一言も言えなくて指を差し出すしか出来なかったけど、笑ってくれたのが何より嬉しくて。離れていても、この指で繋がっていられるなら、もう迷わない。
少しだけ音の外れた唄は朝日の差し込む搭乗口に静かに響いていた。
end.
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110705
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