反逆メメントモリ










プルルルル、と味気ない電子音が部屋の中に静かに響く。電話の所有者である少女の同居人は今夜、仕事があるらしい。

「もしもし」
『はろー、じゃなくて、そっちはこんばんは、かにゃー?』
「そうだけど……今、暇なの?」
『ちょうど仕事が一段落して街に出てるんだにゃー』
「ね、じゃあ今日もあんたの話、聞かせてよ」
『そうだな…あ、そういえば――』

電話口から聞こえる音は皆、御坂の知らない音だ。言語はもちろん、蹄の音だったりパン屋の娘の声だったり。知らない世界を知ることは少女にとって、古くからの伝説を聞くようでもあった。
そんな彼女の好奇心に優しく応えてくれる彼と共有した時間は少なくない。

「あ、その音って、」

会話を遮るように鳴り響く鐘の音は御坂も耳にしたことがあった。あの有名な国会議事堂の時計塔。

『ご名答、ビッグベンだぜい』
「すごい……」
『ま、毎日聞いてると飽きるけどにゃー』

かちり、と部屋の時計の長針も天辺を指す。明日まであと数える時間しかない。日付が変わることを惜しむ、なんて滅多にないことだったけれど、ふとそんな感情を抱いた。

「……ねぇ、」
『ん?』
「あんたはさ、」

――何を想って生きてる?

土御門の世界と御坂の世界は余りに違い過ぎる。決して交わることのない平行世界のようだ。それでも、数式では弾き出せない確率の中で二人は偶然に出会った。

御坂が彼の世界の一部を知ったのは、つい最近だ。背負うものの大きさとか常に隣り合わせの死だとか。問い詰めようとすればできた。
それでも、その少年はいつも笑っていたから気付いてしまった。世界に何一つ遺さずに消えることのできるように生きている、ということを。

「私は、黒子とか初春さんとかあのバカとか、あんた、とか大切な人を想ってる。だ、から、」

唇を噛み締めて、強くシーツを握りしめた。
帰ってきて、そばにいて――だなんて言えない。少年の賭けているものは御坂が代償として差し出せるものには到底及ばない。それでも伝えたいことがあった。

「消えないでよ…っ」

押し殺した声と共に、ぽたりと零れ落ちた涙が染みを作る。
今、この時も彼が電話の向こうで襲撃者に狙撃される可能性が全くないとは言えない。こうして会話を交わせるのも今日で最後かもしれなかった。

『…The fate which a person was revealed by God is to make death extreme love.But I'll love only my girl even if it decides to be profaned.』

機械が伝える音は彼の声だけではないというのに、ノイズが取り除かれたように明瞭に聞こえた。

「、Doesn't you need to be relieved in the cause?」
『There is a thing which it wanna keep whatever it is exchanged with the man in.』

少年以外の男が同じ言葉を口にしていたとしたら、御坂は馬鹿にしていた。甘い言葉というのは、声に出すだけで何の覚悟もないから「甘い」と言うのだ。

『っていう言葉を先人のお偉い様が言ってたんですにゃー』
「うそつき。そんなの聞いたことないけど?」
『俺は君より物知りのつもりだぜい、お嬢様』

む、と御坂が眉を寄せたとき、仕事の時間だと言って電話は切られてしまった。本当に仕事だったのか、はたまた御坂の機嫌の悪くなったのを感じ取ったのか。空気の流れを読むことに長けている少年のことだから、恐らく後者だとは思うが。

(舞夏はすごく大切にされてるのね)

そつなく仕事をこなすメイドの友人が思い出される。彼が全てから守り通している少女だ。
羨ましいと思ったのは同じように優しい兄姉が欲しいという意味で、決して少年を異性として想っているからではない、と言い聞かせて瞳を閉じた。





「件の彼女かい?」
「まあにゃー。日本語も英語もなかなか伝わらなくてね、言葉ってのは難しいもんだ」

土御門は、パチンと携帯電話を閉じると肩を竦める。

「それでも嘘の真実を吐き続けることが彼女への精一杯の好意なんだろう、狼少年」

その通りだ、と彼は何も言わずに微笑して歩を進めた。消える訳にはいかない、ならば誰かの心に棲んでいいという結論には至らない。真実は、朽ちてその後にのみ告げることが許される。

(死んでから知るのと知らないのと、どっちが幸せなんだろうな)

市場に出回っているB級映画の主人公と同じように今夜、ペンを執るべきか、とそんな途方もないことを思った。



end.



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110701

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