デフロスターを頂戴します










白い修道女の身に着けている修道着は「歩く教会」と呼ぶそうだ。一方通行はなるほど、と思う。
彼女は人を厭うことも蔑むこともない。人間の苦悶を聞き入れ、罪相応の責めを負い、救われたいと願う者には「あなたを許します」と告げる。その姿は神に遣える者のあるべき姿だ。余りにも眩しい。

「あくせられーた、ヘンな顔してるけど何かあった?」
「なンでもねェよ」

そう、とだけ言うとその神々しいシスターは山積みになったハンバーガーの処理に嬉々として取り掛かった。
彼は禁書目録の所有者とも言える、上条から彼女の世話をこうして頼まれることがよくあった。故に初めは彼女の誰彼構わない好意に辟易していたが、今は「今日はいいのか」と上条に自ら尋ねるほどになった。
インデックスの前では、守る守らない、善悪の判断、そういった己に降りかかる問いかけを忘れることができたからだ。

「あくせられーたは好きな人いないの?」
「はァ?急になンだよ。そういう話は前振りがいるだろォが」
「そうだね」

インデックスの話によると、昨日訪問したある教師の家でそういう話の流れになったらしい(そこに同僚がいたことは一方通行も知らない)。その時に改めて聞かれると分からなくて答えられなかった、とそういうことだ。

「だからあくせられーたの話を聞けばわかるかな、と思ったんだよ!」

勢いづいたインデックスは身を乗り出してマイクのつもりかポテトを突き出してきた。つまりは彼女の純粋な好奇心によるものであって、決して一方通行に恋人がいるかいないかを突き止めたい、等という理由からではない。
彼は舌打ちをしたくなったが、少女の機嫌に配慮して溜め息に留めた。

「スキとかわかンねェけどよ、気になるやつはいる」
「どんなひと!?教えてほしいんだよ!」
「そォだなァ…バカみてェにお人好しで鈍くて手のかかるやつだ」

お前だ、と言って彼女を困らせる、若しくは汚すことになるのが怖かった。人を救うどころか殺して続けていて、それを楽しんでいた節すらある、そんな前科付の人間に気に入られて喜ぶ人間などいないだろうと彼は考えていた。

「ふぅん、あくせられーたってつんでれってやつなんだね。そこは優しくて守りたいって思わせるような女の子って言えばいいんだよ。分からないかな」
「わかりましたァ。ご指導ありがとうございますゥ」
「む、その口調はちょっと気にくわないかも」

彼女の手が緩慢な動作でグラスに差してあるストローでピンク色の液体をかき混ぜる。少し高めに設定されたエアコンの温度のせいでグラスの表面に水滴がたくさん張り付いている。

「でも、あくせられーたに大切にされてる人はとっても幸せだとわたしは思うんだよ。わたしは何も分からないけど、あくせられーたが優しいってことだけは分かってるからね」

歩く教会を背負っているならば、彼女本体は教会の十字架か聖母マリア像なのだろう。にこり、と笑ってみせた彼女はやはり一方通行とは異なる他の次元の世界にいるようで、太陽光線が視界に残像を残すようにその笑顔は痛いほど目に焼き付いた。



代金だけを預けられ、残された少女はそのグラスの足元に溜まっている水を見つめた。湿度の高く、ある程度の温度を持つ空気が冷たい物質に触れ、その空気に含まれる水蒸気が表面に水となって現れる。結露の原理だ。

「わたしはそんなにきれいじゃないんだよ、あくせられーた」

ガラスに映し出された少女の笑顔は寂しそうに揺れた。

end.





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110618

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