相対性レターコード










『15:27発ロンドンヒースロー空港行きの便は機内点検の為、出発を見合わせております。繰り返しご案内を――』

「Excuse me, Japanese girl!Where should I go?」
「Oh,yes…」

流暢な英語で告げると高貴な婦人は笑顔で去って行った。
ふと視線を戻しても電光掲示板を流れる文字に少女の目的の数字はない。
暇潰しに、と開いた昨夜のメールは、久しぶりの再会だというのに、たった一行で内容は業務連絡だ。

(会いたいとか思わないの?)

「ロリコンドSバカ男」

むう、と唇を突き出して悪態をついた、その時だった。

「帰国して第一声がそれなンですかァ?美琴ちゃンよォ」

人も疎らのターミナルビルに三つの音が響く。靴音と彼独特の杖を突く音、そしてスーツケースの音。何年経ようと間違えることなどあり得ない。
御坂は緊張して乾いた唇で久しぶりに口にする名前を呟いた。

「一方通行……」








「オイ、タクシー手配してねェってどういうことだ」
「そのまんまよ」

御坂の向かう先が空港直通の駅だと悟ったとき、一方通行は舌打ちを落とした。要するに疲労しきった身体で、各駅停車の電車に乗車しなければならないのである。

だが、それにも増して苛立つのは、この少女だ。会話どころか、顔も合わせようとはしない。以前より短くなったスカート丈や、細い薬指の付け根を睨んでいる自分にも腹が立つ。
御坂がこの数年の間に他の誰かを選んでいようが関係ない筈だった。

「男でもできたのかよ」
「、……そうかもね」
「ンで、ヤっちゃいましたってかァ?良かったなァ。やっと処女卒業じゃねェか」
「彼、すっごく優しくてね、」

昨日までは受け止められていたのに、今になって喪失感が彼の中を満たす。嘘だ、やめろ――その叫び声と衝動を殺した。そうでもしなければ今すぐにでも少女を監禁して尋問の真似事でもしてしまいそうだったからだ。

「あんたにも会いたいって」

「優しい」だけの男など世に履いて捨てる量だけいる。そんな下等な人間を好きになるほど御坂を堕ちぶらせた、その男を今すぐにでも見つけ出したくなった。見つけ出したその後、どうするかなどは愚問だ。

「会ったら瞬殺だろォな、そのカス」
「ちょっと、やめてよね」

――あの人、あんたと違ってレベル1なんだから。
理性と自己を繋いでいた配線がぶつ、と嫌な音を立てて切れた。
前を歩く御坂の二の腕を爪を立てて掴む。

「どこの下等生物に懐いてやがンだオマエ。誰が飼い主か忘れたってかァ?それなら俺も公開処刑プレイってオプションで手伝ってやるがどォする?」
「こ、公開ってまさか…、」

ここは空港であって、会話の背景には多国語のアナウンスや電子音が絶え間なく聞こえるわけで、目立つ容姿の少年と名門校の制服の少女のせいで多少なりと注目を集めている、そんな状況だ。

御坂は、一方通行経由で癖となってしまった溜め息を吐き出した。流石に今夜のニューステロップのトップには流されたくはない。

「ばーか。嘘よ、彼氏ができたなんて」
「はァ?命乞いのつもりかよ」
「誰かさんが幼気な女の子ほっぽりだしたまま、外国に飛んでっちゃったからむかついたの。これくらい許してよね」
「……チッ、くっだらねェ」

吐息が交わるほど詰められていた距離は呆気なく開いた。御坂は放り出されていたスーツケースを拾い上げて再び歩を進める。

「でも、今度あったら嘘が嘘じゃなくなるかもしれないんだから」

不安と心配と強がりとが混同した脅迫。一方通行に脅迫が通用しないことは誰でも知っている。
それは再び彼が目の前から消えたときに、時効を選んだと知るための、いつか必ず帰って来てくれるなどというくだらない希望を抱かないための彼女の保険だ。

ところがそれは直ぐに不要となる。なぜなら――、

「じゃァ未来永劫、オマエは浮気できねェなァ」
「どういうことよ」
「今度、なンぞねェっつってンだよ。次はトランクにブチ込ンででも連れてくから覚悟しとけ」

彼はズルい。普段は一緒にいても何も言わないし、「いてもいなくても変わらない」と言外に告げる態度を取っている。にもかかわらず、簡単に御坂の心を攫っていくのだ。それが当然のことだとでもいうように。

「……ばか、遅いのよ」

御坂を追い越した彼の背中にぼす、と頭を預ける。男にしては華奢な身体が揺らぐが構わない。

「おかえり一方通行」

それはあなたと私をつなぐ言葉。






end.



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110627

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